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| 私的よい医者の選び方。 |
医療過誤やら医療事故、さらにドクハラなどが蔓延する昨今。 オイシャサマと散々向きあってきた私の、私的なよい医者の判断基準を書いてみました。 ダメ医者・バカ医者にかかって後悔するよりは、少しでもよい医者にかかれるようにと思って書いています。 旧帝国大学卒で、大概の大学の医学部に合格するだけのアタマをもっている私は、医者に対してもひれ伏したりせず、 しっかりと観察・評価し、嫌な医者・ダメ医者とはさっさと縁を切ってきました。 モノゴトには全て例外はあるので、一概にここに書いた基準が正しいとは思いませんが、 幼時からそこら辺の大人に負けない知力・洞察力を持ち、多くの病気をし、多くの病院で診察を受けてきた私は、 ある程度医者を見る目を培ってはいるつもりです。 ちーとでもお役に立てれば幸いです。 |
○医者だってサービス業。 ワタクシ的には当ったり前なんですが、世の中、あんまりわかっている人は多くないようですよね。 人の命を委ねるだけに、その責任はとても大きいわけですが、だからといってふんぞり返っていいわけはありません。 それをわかっていないバカ医者があんまりにも多いように思います。 私の経験からいうと、能力の低い医師ほどふんぞり返ります。 そうやって権威付けしていないと不安なんでしょう。(笑) 医療機関があちらにもこちらにもあるようになった現在、病院だってサービスを充実させないと生き残れないような時代になってきています。 病院におけるサービスって何、と考えると、いい医者の条件というのは自然に絞れてくるような気がします。 ○大病院よりクリニック。 大病院というのは、多くの患者が集まります。 必然的に待ち時間も長くなるわけですが、これが苦痛ですよね。 それでクオリティの高い診察が受けられるかというと、決してそうではないと思います。 まず、必ずしも同じ医者に当たるとは限らないということ。 診療の継続性という点からみて、問題ありだと思います。 カルテで診療状況は一応伝達はされるわけですが、以前の患者の状態を直接見ているわけではありません。 カルテに載せていない情報や、見た印象などは伝わらないわけです。 よい医者ほど、見た目の印象や患者との会話からの情報を重視します。 従って、質の高い診療を期待するなら経験の深い医師のいる個人病院やクリニックの方が良いと思います。 大病院のすぐれているところ。 これは医療機器や検査機器の充実、複数の診療科を持っているところなどですが、これが必要になるケースはそんなに多くはないはず。 それに、重大疾患の疑いがある場合は、総合病院に紹介状つきで紹介してくれます。 そして多くの総合病院では、紹介状を持った患者を優先して診療してくれます。 検査結果は患者本人に伝えられるとともに、紹介元の診療機関にも伝えられるようになっています。 重篤であれば、その病院を含めた適当な診療機関で診療が受けられます。 だから、個人病院やクリニックで診察を受けてもそんなに不都合はないわけです。 多くの診療機器があっても、最終的には医師の診断能力が問われるわけですから、総合病院の方がよりよい診察が受けられるとは限らないわけですし。 若手のインターンに毛の生えたような医師に診察されるよりも、経験の深い医師に診察される方がよいと私は考えます。 ただ、金銭欲の比較的低い、しかし医療に対する意識の高い医師が、環境が充実している総合病院での勤務医を選択するケースは多いわけで、一概に大病院はダメとはいえません。 それに、高度医療は大病院でしか提供できないわけですから。 しかし、重大疾患でない限りは、大病院よりはクリニックや個人病院の方が使い勝手がいいと、私は思います。 ○大学病院より民間の総合病院。 大学病院というと、高度医療を受けられて、医師は皆優秀で、というイメージがありますが、本当にそうでしょうか。 もし私が診療を受けるとしたら、どうしてもそこでなければならないケースを除いて、大学病院はできるだけ避けます。 モルモットになりたくないからです。 大学病院は、先端医療を提供するという以前にそれを研究する機関としての性格があります。 確かに先端医療を受けられるかもしれませんが、同時に多くの研修医の教材にされることにもなります。 私個人の意見としては、モルモットになるくらいなら医療を受けたくはありません。 また、研究者として優秀であっても、医師としてどうかというのは別だと思います。 患者側にとってのいい医師と、大学の教授、あるいは学部長にとってのいい医師は別でしょう。 研究業績を上げ、大学の名誉を上げてくれる医師がいい医師という傾向があることを否定できる人間が多いとは思えません。 そういうことを考えると、高度医療は提供できても、血の通った医療は期待できないのではないかと思います。 もちろん、全ての医師がそうだとはいいませんけど・・・。 今は民間の総合病院でも高度医療を提供してくれるところは結構ありますので、私ならそちらに行きます。 また、同じ大学病院でも二流三流の私立大学のものとなると、さらに危険です。 医師国家試験を突破できないような人間を研修生として抱えているなんて噂もあり、そんな人間に診られたりしたら悲惨です。 私大だったら、KOレベルの大学病院以外は、ちょっと怖いです。 特に、TK大学クラスの大学病院は、私なら絶対に避けます。 国立大学ならある程度のレベルは維持してきていたはずですが、独立行政法人化で収益性も追及するようになった昨今、これまでのような信頼性が担保されるかどうか、注視していく必要があるかもしれません。 ではどういう病院がいいか。 わたしなら、民間の総合病院に行きます。 しかも、経営母体があるところ。 つまり、企業が作っている病院とか、各種団体が作っている病院とかです。 企業が作っている病院は、福利厚生として作っているという側面もありますので、ホスピタリティが充実しているケースが多く、しかも経営母体の企業のメンツもあっていい医師をスカウトしているので、医療の質的にも充実しています。 医療機器も充実しているケースが多いので、高度医療にも対応しています。 医療というのを技術的側面から見るか、質的側面から見るかによって意見は分かれるでしょうが、私は質的側面を重視します。 従って、同じような水準にあるなら、私なら文句なくサービスの充実した民間の総合病院を選択します。 この件については、こんな無料レポートがあります。 現役医師が書いてるだけに、面白いかもしれません。 ○個人経営の大病院は避けた方が無難。 個人経営で瞬く間に大きくなったような病院。 私ならこんな病院は避けます。 なぜか。 クスリの過剰投与、短時間診療などで回転率を上げ、保険点数を荒稼ぎしているのではないかと疑うからです。 実際、何度か受診した病院がそんな感じでした。 最初何度か診察を受けた後、だんだんと医師に会うのが億劫になり、投薬だけを依頼するようになり、ある時、思い切って医者を変えました。 変えて本当によかったと思っています。 普通にというか、良心的に診療をやっていたら、そんなに短期間には大きくはならないものです。 どこかで無理をしないと。 その無理が診療内容に及ぶというのは嫌なので、私は個人経営の大病院も基本的に避けます。 ○患者の話を聞く医者を。 患者の話を聞く医師がいいのは直感的にわかることではありますが、なぜいいのか、少し書いてみます。 まず、話をよく聞くことによって、他の疾患の可能性を探ったり、過誤の可能性を低くすることができること。 同じような症状を訴えても、全然別の疾患というのは結構あることです。 過誤の可能性や潜在的に持つ疾患を探るには、患者の話をよく聞くというのは重要な技術です。 また、患者側からしても、話を聞いてくれる医者の方が話しやすいわけですし、ちょっと気になっていることとかを話しやすくなり、話を聞けない医師なら潜在化している症状が顕在化する機会が増え、健康管理の面でもメリットがあるわけです。 医師側も豊富な情報を持つことによって、誤診の可能性が低くなります。 聞くという能力は診察能力の重要な一部分だと思います。 それをないがしろにする医師に診られて、治療機会を逸すると、泣くに泣けないでしょう。 SPIRITUALの項で書いたガンで死んだ友人も、三年ほど前から胃に痛みを覚えていたのに胃潰瘍と誤診され、鎮痛剤で紛らわせていました。 ガンが見つかった時には手遅れ。 手術も開けて閉めただけでした・・・。 これもしっかり話を聞き、きちんと検査を受けていれば、早期発見ができていたかもしれません。 もうひとつ、患者側からすると、話を聞いてもらえるという安心感。 これが治療効果を上げます。 だから、名医は例外なく聞き上手です。 ○治療の選択肢を提示してくれるかどうか。 治療の選択肢は、よほど特殊な症例でもない限り、複数あるのが通例です。 医師として必要な知識を備えていれば、複数の選択肢から患者の症例や環境などに合わせて最善の治療法を選択して提示するのが当たり前です。 ですが、その時に他の治療法に対しての言及があるかどうか。 これが医師の能力を量るスケールのひとつになります。 不勉強な医師だと、単一の治療法しか示せないことがままあります。 逆に優秀な医師ならば、他の治療法についても説明してくれた上で、この治療法が最善であるという風に、その選択の経緯まで説明してくれるものです。 私個人は、説明をきちんとしてくれない医師は信頼できませんでしたので、まともに説明してくれない医師に当たった時には、他の医師にかかるようにしていました。 ○代替医療に理解のある医者の方がいい理由。 代替医療がいいかどうかという議論は、私は代替医療肯定派ではありますが、ここでは措きます。 ではなぜ、代替医療に理解のある医者がよいか。 これは思考の柔軟性をみているのです。 思考の硬直した医師では、時代の変化、多様性について行けない可能性大です。 治療方法についても画一的なものしか提供できないでしょう。 治療方法にバリエーションの少なかった数十年の昔ならいざ知らず、医療分野でも進歩が著しい昨今、それでは患者の適切な治療を受ける機会を奪うことになってしまいます。 また、そのような医師が患者の生活に思いを至らせることが可能かどうか。 QOL(生活の質)にまで配慮した治療を考えることのできない医師は、今の時代、私は淘汰されていくべきと考えています。 従って、代替医療に対しても理解のある医師の方が、私はいいと思います。 ○そうは言っても最後には・・・。 個人の資質が大きく左右するのは間違いありません。 何度か診察を受けてみて、嫌だと思ったらすぐに病院を変えることです。 私は過去何度かそうして来ました。 医師の側からしたらそういう患者は嫌かもしれません。 医師のプライドを傷つける存在とみなすからでしょう。 でも、嫌な医師、信頼の置けない医師と付き合って、誤診されたり、フィットしない治療を受け続けたりする義務は私達にはないはずです。 違和感を感じたり、信頼を置けなかったり、嫌な印象を受ける医師とは付き合わないことが大事だと思います。 それが不良医師を淘汰し、医療全体の水準を上げることにもつながり、最後には医療に対する信頼度を上げることになると私は思います。 (19.05.15) (最終更新 19.09.04) 医療保険の検討なら、その場で各社の保険料が見られる保険モール |
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