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フラフラ病 その2

フラフラ病の経過報告です。
 
昨年暮れに整形外科を受診し、そこでのリハビリプログラムを始めてから、随分と軽快してきたフラフラ病ですが、あるときから治癒の進度がピタリと止まりました。 
このまま良くなっていくものと、はかない期待を寄せていた私は落ち込みました。
 
原因を考えてみると、リハビリプログラムは主として肩こりから来ているものとの医師の所見に基づき、筋肉の緊張をとるものが主体でした。 
リハビリの回数を重ねた結果、筋肉の過緊張は取れたけれども、これ以上の緊張緩和は難しい段階に来てしまったのではないかと、そう思われました。 
医師に相談してみますが、原因を完全につかみきれているわけではないので、リハビリを続けていけばいいのではないかという当たり障りなしの答え。 
ま、そういうしかないでしょうけど。 
リハビリの効果がほとんどないことと、少し間隔を空けたほうがいいかもと思い、週3回だった通いを週2にしましたが、状態は変わりません。 
この時点でも、階段を降りるときは手すりにすぐにしがみつける位置にいないとパニックが起こるほど、めまいとふらつきの症状は残っていました。 
車の運転にも自信が持てず、なんとか30kmは運転できるだろうという程度でした。 
 
それでも所持金がかなり心細くなり、致し方なく職探しを始めました。 
車はおろか、列車でも長時間の通勤に耐えられるとは到底思われなかったので、職探しは当然、近場になります。 
しかし、ド田舎のこととて、なかなか意に適うところはありません。 
致し方なく、昔取った杵柄(キネヅカ)の生かせるところに行きました。 
機械工場。 
組立の仕事とCAD操作、ということでしたが、派遣会社の人間が何をトチ狂ったのか、設計がメインだと言い張ります。 
ここで断るのも簡単でしたが、次が見つかる保証もなく致し方なく働くことにしました。 
落ち目のときはとことん悪いことが続くもんです。(T_T) 
 
仕事は、しかし、行ってみると、機械組立そのものでした。 
しかも、ワンオフの生産機械。 
私にとっては全く初見のものでした。 
図面もむっちゃくちゃいい加減。 
自分のいたのが一流メーカーだったと、つくづく思い知りました。 
ワーカーに対してむっちゃくちゃ不親切な図面を書いた設計者を呪いつつ、必死で図面を読みます。 
しかしすぐに投げ、もう、現場責任者に指示を聞いてそのまんま動く、働き蟻モードに特化しました。(~_~;) 
 
それでも、フラフラ病は容赦なく襲いかかってきました。 
中腰になって作業をしているとき、不意に体の位置感覚が失われ、自分がどんな姿勢をしているのか、それがわからなくなることがよくありました。 
普通、自分の姿勢なんてものは、意識しないでも分かるもんです。 
でも私の場合、それがわからなくなって、確かに中腰になっているはずなのに、それが定かでない、体の各部がどの位置にあるのか、それすら分からない、平衡が保てているのかどうか、それも分かりかねる、そんな状態になることがしばしばでした。 
立っていてもふらつきは容赦なく襲いかかります。 
フラッときて、慌てて足に力を込めて凌ぐのは日常茶飯事でした。 
倒れてしまえば楽なんでしょうが、仕事がなくなります。 
派遣社員は簡単に切られる、というのは各種の報道でよーく分かっていました。 
この現場仕事を凌げば設計になる、そうなれば座り仕事になるから、フラフラが来ても大丈夫になる、と、自分を叱咤しながら頑張りました。
 
現場の人間とも仲良くなり、なんとか現場仕事でもやっていけるのではないか、そんな自信がつきかけてきたころ、それは襲いかかってきました。 
痛風です。 
痛風発作のスペシャルバージョンが襲いかかってきました。 
前日から使い始めた新しい靴が合わず、足の外側に痛みを感じていて、これはひょっとすると、痛風になるかもという予感を覚えながら眠りについたところ、翌朝にはしっかり発赤&大激痛。 
全く立てません。 
こんなときに備え、大量ストックしてあるボルタレン(鎮痛剤)を飲みますが、全く落ち着く気配なし。
足の外側、小指の付け根の所の骨が思いっきり腫れ上がっているために、体重をかけることが出来ず、家の中を這い回るような状態でした。 
それでも、忙しい日になるのが分かっていたために、杖を突いて出社すると、会社の人間は苦笑しながら家へ帰るように言ってくれました。 
これでは8時間以上の勤務が出来るとは到底思われなかった私は、ほっとして家路につきました。 
しかし、無茶苦茶な痛みは続き、翌朝になっても状況は変わりません。 
致し方なくその日も休み、ズルズルと結局、1週間、休むことになってしまいました。
そして週末、派遣会社から電話。 
「契約の延長が出来なくなりました。」 ま、仕方ないです。 
その後、残った契約期間を無事勤めることだけに専念しました。 
 


契約期間満了を前日に控えた夜。 
寝床について、この忌まわしいフラフラ病の原因を考えているとき、天啓のように、閃きました。 
親不知が原因ではないのか。 
左右上部に親不知が生えていて、右サイドは顔を出し、左サイドは埋伏歯になっていました。 
フラフラ病の症状が出始めたころ、左上部の奥歯に、ぽっかり穴があくほどの虫歯があり、治療のために歯に大穴を開けていた時は、不思議にフラフラの症状が軽快していたことも、いまさらのように思い出されました。 
そういえば、顎を開くと、左側の顎関節だけがカクカクいいます。 
親不知が干渉して顎関節症を引き起こし、それが頚椎なり、脊椎に悪影響を及ぼしてフラフラ病の症状を起こしているのではないか。 
あるいは顎関節症が左側頭部の緊張を引き起こし、三半規管に影響を及ぼしている、あるいは神経束に干渉しているのではないかと疑われました。 
そう思ったらいても立ってもいられず、歯医者に行こう、歯医者に行こう、ばっかり思ってました。 
衝動的動物な私です。(~_~;)

契約期間を無事に満了した私は、早速、歯医者にいって親不知を抜くことにしました。 
家族に相談すると、近所の歯医者が口腔外科が専門だから、そこがいいのではないかと勧めます。 
インターネットで親不知の抜歯体験談をチェックし、埋伏歯の抜歯はけっこー大事になるという印象を持っていた私は、フツーの歯医者よりは口腔外科のほうが安心できようと、その勧めに従うことにしました。
歯医者に行くと、早速レントゲン。 
出来あがってきた写真を見ながら、先生はひどく難しい顔をしています。 
しばらくは声をかけることもはばかられました。 
重い口を開く先生。 
「君の場合はね、ちょっとここでは難しいね。 大学病院に紹介状を書くから。」 といいます。 
大学病院! 
それほどの大事になるとは思っていなかった私は驚きました。 
説明を聞くと、 埋伏歯となった親不知がとっても変な方向に生えており、前の奥歯に干渉するように伸びていて、さらに、上顎洞(上あごの上の空洞らしいです。字句の通り)に出ている可能性もあって、万が一の場合、そこの医院の設備では対応しきれないとのことでした。 
しかしながら、大きな救いになったのが、その先生が出身である口腔外科をよく知っており、宛先が、その病院で一番上手な先生に宛てて書いてくれたことでした。 
「ま、この先生に出来なかったら誰にも出来ないから。」というほどの手技の持ち主だということで、不安がる私を安心させてくれました。 
フラフラ病の症状を説明し、これとの因果関係を疑っているというと、この先生は、「そういうこともあるかも知れないね。」と、一笑に付すようなことをせず、きちんと受け止めてくれました。 
これも非常にうれしかったことです。(泣) 
そして、そのことを大学病院でもきちんと話すようにいわれました。 
そういえば、この先生も大きな病気をしたことがあると聞いています。 
苦しんだ経験を持っていることで、人の痛みが分かる先生になっているのかな。 
いずれにしても、この先生にかかってよかったと思いました。
 
日を改め、大学病院に向かいます。 
受付を済ませると、程なく診察室に呼ばれ、紹介状を宛てられた先生が診察してくれました。 
ひととおり歯の状態を見、私のフラフラ病についての説明を聞くと、同じように、そういうこともあるかもしれない、といいます。 
やはり、名医は違う。(^。^) と思い、プチ感動しました。 
レントゲンを撮り、再度診察を受けます。 
この先生もけっこー難しい顔をしてました。 
そんなに面倒くさいとこなの? 
不安に思っていると、「どこから来られました?」と聞かれます。 
答えると、再々出てきてもらうのも悪いし、なんて、横の助手の先生と話してます。 
そして、その日の午後から手術が決定。 
紹介状の威力? 症例の難しさ? 
やはり、レントゲンを見ると、親不知が前の奥歯の下に入り込んでいて、さらに、完全埋伏でなく、一部分が露出している状態のため、感染の危険があり、早めに抜くに如くはなし、ということでした。 
ちなみにこの先生、ステロタイプ的な大学病院の医師とは違い、穏やかな、感じのいい初老の先生でした。 
といっても私と20歳も違わんはずなんですね。 
私も年を取った。(T_T) 
自覚の全くない、いつまでもオコチャマなワタクシです。 

普通に飯を食って良し、とのお達しを頂いたので、小洒落(こじゃれ)たイタリア料理店で飯を食い、ニンニクの臭いを気にしながら、再び大学病院へと向かいました。 
呼ばれて診察室に入ると、さすがに緊張します。 
機械人形のような足取りで診察椅子に座ると、程なく、件の先生がやってきました。 
厳かにこたびの手術開始、並びに術式の説明に及び、それが済むと、麻酔注射を数本、立て続けに打たれました。 
通常の虫歯治療とはダンチの本数に、今回の手術の大変さを思い、胸襟を検める思いです。
 
しばらくの放置プレイ(爆)の後、麻酔効果の確認をすると、本格的に手術開始。 
顔の上に布が掛けられました。 
今度は目隠しプレイです。(^。^) 
もちろん、興奮はしませんでしたけど。 
開いた口の中で、なにやら先生がガサゴソとやっています。 
そのうちにガサゴソ、ではなく、ゴリゴリ、とか、ゴキゴキ、とかいう効果音がふさわしくなってきます。 
どうやら歯が抜かれているようです。 
そのうちに、歯茎を支点にして、梃子のような感じで歯をゴリゴリやりだしました。 
こうなると、手術でなしに土木工事です。 
ゴキッとかいう感触とともに歯が抜かれると、今度は後始末。 
どうやらずいぶん切開したらしく、今度は縫合です。 
口の中でガサゴソ。 
しばらくして手が抜かれると、今度は口から糸が。 
モスラか、私は。 
糸が2本ぐらい、口から出てきてました。 
何度か手を抜き差しされた後、プチン、とかいう音がして縫合終了。 
口の糸は消えてました。 
良かった、人間に戻れて。 
目隠しの布が取り払われます。 
「5針縫いましたよ。」とのこと。 
あっそう、てーなもんですが、でもけっこー大変だったんだろうなーとも思います。 
「頭のほうはどうですか。」と聞かれ、フラフラが楽になっているのに気付きました。 
「ずいぶん楽ですね。」というと、「やっぱり、これが原因だったのかもしれないね。」といってニッコリ。 
すごいきれいな笑顔でした。 
人のために尽くしている人にのみ許される笑顔、といったら褒めすぎ? でも、深く印象に残ってます。
死体いじりが嫌で、医学部に行くのをやめた私ですが、こういう笑顔ができるんなら行っときゃよかった、なんて思いました。 
手術は実質30分ぐらいだったような気がします。 
会計で料金を払い、鎮痛剤を中心とした処方箋をもらって家路につきます。 
本当にフラフラがなくなって、足取り軽ーく家路につきました。 



翌日、最初に受診した歯医者に向かいます。 
早速診察した先生は開口一番、「きれいに縫ってるなー。 芸術品やなー。」と、大学病院の医師の技術に賞賛を惜しみませんでした。 
でも、私は見れないし・・・。
消毒をし、やはり、フラフラについて聞かれます。
「昨日は非常に楽でした。」と答えると、「やはり、それが原因だったのかもしれないね。」といってくれます。 
私も、自分の推測が的中したので、気持ち、鼻が高いっス。
「でも、今日はけっこーフラフラしてます。」という私に、先生は付け加えます。
「一般的に歯を抜いた後、骨が元通りになるまで200日といわれている。 だから、治るまで、それぐらいは覚悟してください。」と。 
さらに、付け加えます。
歯を抜いた穴はきれいに縫合してはいるけれども、どうしても、穴が開いてしまう。 
すなわち、口中の雑菌がその穴の中に入りこんでしまう。 
そして、親不知が前の歯の根元部分を侵食していた関係から、前の歯は、あるいは抜くことになるかもしれない(というか、ほとんど断定的)、と言われました。 
泣きです。 
でも仕方ないです。 
フラフラと歯となら、もちろんフラフラからの解放を選びます、現時点では。 

抜いた日は、夜からは抜いたところが思いっきりジンジンと痛んで大変でした。 
痛風の痛みに慣れているんで、まー耐えられましたけど。
そして、翌朝からはこのフラフラ病の歴史を二年ほど退行しました。 
つまり、治療前の状態に戻り、シラフ千鳥足状態&階段の上り下りが手すりにしがみつかないと無理状態になったということです。 
抜いてから数日は、穴ぼこのジンジンがひどくてなにも出来ませんでした。 
無職バンザイ、です。 
仕事してたら地獄でした。 
でも数日もすると楽になり、一時はひどかったフラフラもズンズンと楽になっていきました。 
2年半を早送りで体験しているようなもんでした。 
数日後からリハビリ再開。 
2週間ほどしたころ、整形外科の医師の診察があったとき、親不知を抜いて楽になったというと、こちらには一笑に付されました。 
・・・。 
プチ失望です。
 
でも、逆にこの辺りが現代医学の限界のような気がします。 
自らの専門分野ではいい医師であっても、専門外になると対応できなくなる、分からないことに対しては冷笑か、無視。 
そんな医者をよく見てきました。 
腎臓の痛み然り。 
こたびのフラフラ病然り。 
深化しすぎた現代医学には、もう一つ研究(診療)領域が必要かもしれません。 
ポータル(玄関)領域、あるいは診療科横断領域を担当する研究(診療)領域です。 
開業医、あるいは大病院の外来がここに当てはまり、患者の症状から傷病の推定、適切な治療、あるいは治療機関同士の紹介と連携を研究していくような。 
重篤なレベルではERなんてのがありますが、愁訴についても同様な研究を進めてくれないかな。 
2年半も原因不明の愁訴に苦しめられてきた私の切なる願いです。

親不知を抜いてから気付いたこと。 
顎関節症が消えました。 
大あくびをすると、左の顎がカクカクいってたのが、相当に大口を開けてもカクカクしません。 
今現在は右側がカクカクいいそうな感じになってるんで、必要に応じて右の親不知を引っこ抜くことも検討中です。
 
抜いてから1ヶ月ほどの間、大アクビをすると、親不知を抜いたあたりからミシッ。 
最初はビビリました。 
でも、そのミシッ。が起こると、楽になってくるんです。 
親不知のプレッシャーで変形していた骨が元に戻ろうとしてるのか、キューキューだった歯列が解放感を味わっているのか、顎の骨が動いているのか、それは不明ですが、大アクビをするとミシッ。でした。
そのうち、調子が悪いと感じたときには、自分で大口開けてハグハグやって、ミシッ。を人為的に起こしてました。 
けっこー治りました。

歯を抜いてからまだ2ヶ月足らず。 
今現在、車は(たぶん)片道50kmぐらいは走らせられて、一仕事してから帰る、てな芸当も出来そうなぐらいに回復してきました。 
200日経過には、あと5ヶ月ほどあります。 
その間、フラフラがどのようになるか、楽しみにしております。


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(最終更新 20.05.30)
(18.05.28)


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