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フラフラ病 その5

フラフラ病の経過報告です。
 
左耳の奥にボコッという衝撃。
左耳の奥、頭の中心に近いところにそのような衝撃が来て、痛痒くなった。
その痛痒さは徐々に下降し、のどの左側壁に近いところに痛みが移動する。
蝸牛体に変化があった?
そんな印象があった。
その数時間前、ふと思いついてやってみた運動。
仰臥し、床面に沿って左肩を頭上に向けて動かしていく。
何回目かの運動で、
「バキッ」
という音と衝撃。
左肩甲骨の中心と、脊椎との中間あたりの部位で、そのような音と衝撃。
このところ必死になってやっていた変形金魚運動と、背腹運動の効果が現れたということだろうか。

数日後、またも左耳の奥に痛み。
本格的に蝸牛体に影響が及んでいるように思われる。
背筋も、左側の凝り固まっていた部分を中心に、痛みが走っている。
変形金魚運動でガチガチに固まっていた背筋をほぐすことによって、ゆがんだまま固まっていた骨格が動き出したようだ。

背腹運動は、あるときから振り子運動だけをするようになった。
振り子運動だけを行うと、酸性体質になるということで、腹を引っ込める運動を同時に行うのが背腹運動の大きな特徴なのだが、私の場合、腹の運動を意識しすぎて振り子運動がおろそかになっていたようだ。
背腹運動をやってもフラフラが改善しないことが多くなり、一時、整骨院に通う頻度が増えた。
ある時、よくよく考えた挙句、振り子運動だけを行うことにした。
酸性体質になると、私の場合、痛風という持病があるので、発症のリスクが上昇する。
しかし、痛風発症のリスクは服薬である程度抑えられる。
痛風のリスクとフラフラのリスク。
両者を比較すると、今のところはフラフラを優先した。
これが出ると外にも出られないのだから。
振り子運動だけをやるようになってからは、また回復傾向になったように思う。
整骨院の通院頻度も下がった。

そして、もうひとつ、顕著な変化があった。
整骨院で治療を受けると、治しすぎというか、過度に入力が与えられるのではないかと思われる現象が出るようになったことだ。
以前は整骨院で治療すると数日は楽に過ごせた。
しかし、最近になると、整骨院で治療を受けると首から頭にかけての痛みが終日走るようになった。
翌日か、翌々日には収まるのであるが、どうも整骨治療時の過入力によって悲鳴をあげているのではないかと思われた。
逆にいうと、それだけ骨の変調が治ってきたということになる。

振り子運動をやるときに、少し工夫をするようにもなった。
本運動や準備運動の時、コンディションによっては肩甲骨を持ち上げるようにして行うようにした。
私の場合、どうも肩などの筋肉に背骨が引っ張られ、変形しているのではないかと考えたからだ。
子供の頃にまったく運動が出来なかったのにもかかわらず、長じてからけっこうきついトレーニングをやっていたので、体幹や骨の強度と四肢のバランスが悪く、それがフラフラの一因となっているのではないかと考えたのだ。
特に凝りやストレスがひどいときにそうやってみることが多かった。
「バキバキバキバキッ。」
と物凄い音を立てるときと、もうひとつの時とがあったが、そこそこの効果はあったようだ。



もうひとつ、左側頭部の辺りで腱がねじれているような、嫌なストレスを感じる。
それも振り子運動でずいぶん解消されてきた。
「バキバキッ。」のたびに。

首の付け根の左側で特にひどく鳴るようになった。
「バキバキ」が長い間連続し、
「バキバキバキバキバキバキッ。」
というような感じで鳴ることも度々。
この辺りにひどい凝りがあるのだろう。
骨を触ってみると、左側にずれているように感じる。
整骨院の先生もそれは認識していたようだが、あまり触れなかったようだ。
一つ間違えれば半身不随で廃人になる恐れがあるのだから、触れないのがフツーで、それは先生を責められない。
先生は背中から専らアプローチしていた。
それによってある程度は良くなったが、やはりもう一歩の印象はあった。
それをカバーするのが金魚運動と振り子運動のように思う。
ひどく悪いときは整骨院や整体といった外的なアプローチが効果的だったが、少し悪いとき、あるいは微妙な部分はやはり外からでは難しいように思う。
自己治癒というか、自分でやれる振り子運動と金魚運動はよいアプローチの方法だと思う。

しかしながら、あるレベルまで行った後は、その先がなかなか治らない。
マトモに過ごせる日は確実に増えたが、アウトも月に何日か、確実にある。
起きた時にアウト・セーフがまずわかるが、時間の経過とともに悪くなったりするので、なんともいえなかったりする。
コンディションのいい日は車で2時間ぐらい走りっぱなしでも問題ないが、悪い日は全然ダメ。
決まった日にアウトならまだ対処のしようがあるが、いつ来るかわからないのでは、外で働くという選択肢は取れない。
ヒッキー生活は続くのかと考えていた。

母には、整体に行ってみてはどうかと何度か言われた。
どうも、あちこちの整体に行ってははかばかしい成果を得られなかった過去を忘れているようだ。
昔の経験を説明し、二人してため息をつくような日が幾日か続いた。

ある夜。
母が帰ってくるなり、喜び勇んで私のところに来た。
問うてみると、いい先生が見つかったとのこと。
指圧の先生だという。
かつてTVでも活躍した高名な指圧の先生の高弟が、30kmほど離れたところにいて治療院を開いているという。
母がその夜、偶然に知人と会い、事故やケガの後遺症で体がほとんど動かない状態にまでなっていたその人が、かの先生による指圧治療でずいぶん回復したとのこと。
それなら私の息子も、ということで、その先生の連絡先を聞きだしてきたというのだ。
その先生の治療方法はかなり変わっているという。
きつく押さえられて痛いというイメージのある指圧だが、その先生の指圧は優しく撫でるようなものだという。
それで治るからなおさら不思議だというのだ。
脳卒中?で半身不随となった人も治した実績があるという。
なかなか凄い先生のようだ。
指圧は腎臓病のときに世話になったりして、私にとっては割と馴染みのあるものだった。
片道30kmも、一年前ならかなり勇気が要ったが、今なら何とかこなせる距離。
私は行こうと決めた。

翌日。
営業開始しているであろう9時を待って電話する。
出てきたのはぶっきらぼうな男性。
多分、この人が先生なのだろうと直感した私は「治療をお願いしたいのですが。」と、切り出す。
いたずらが多いのか、当初警戒していたらしい先生も、徐々にフレンドリーな口調に変わってきた。
その日の午後に予約することができ、道順をある程度聞き、電話を終えた。
電話が終わるとソッコーでコンピュータへ。
なーんとなく道順は聞いたけど、よくわからないので、mapfanチェック。
Yahoo!電話帳で難なく治療院を見つけ出し、住所をコピってサーチ。
治療院の場所はわかりにくいところにあったが、スケーリングを変えた数枚の地図を出したので迷う心配はなくなった。

到着時間にかなり余裕を見て出発した私は、あーだこーだ(略)があった後、ほぼ定刻に治療院にたどり着いた。
看板こそあれど、構えはフツーの家なのにちとビビリながら、戸を開いて案内を乞うと、出てきたのは盲目のためか、サングラスをかけたかなーり年配の先生。
80を過ぎていると聞いていたが、確かにそんな感じの先生ではあった。
玄関脇の治療室に入る。
先生は黙然と座っているので、私のほうから症状の説明を始めた。
ひとしきり説明を終えると、たまーに相槌を入れながら聞いていた先生が、
「それではそこに座ってくれるかな?」
と宣した。
フルオープンの窓を見るような形で座ると、先生が後ろに立ち、私の背中や肩を触りだした。
撫でるような、とまでは行かないにしても、その指先は確かに強くなく、微妙に力を加減しているような感覚があった。
ひとしきり背中や肩、そして背筋や首といった部位を触った先生は、
「神経痛があるね。」
という。
「!」
声にならないような声を出すワタクシ。
「骨とかどうもなってないんですか?」
と重ねて聞くと、
「うん、骨は問題ないね。ただ、肩と首のところにややひどい神経痛がある。これが首や背中の骨を引っ張っているんではないかな。」
という内容のことをおっしゃる。
「左側だけだね?」
と聞く先生に、
「ええ、左側だけです。」
と答える私。
だからそういうこと、ということのようだ。
骨に問題があるかと思っていた私は少々落胆?したが、神経が引っ張っているとしたら、確かに症状は説明できると思った。
なので、先生の説明に妥当性はある。
先生は続ける。
肩の筋肉の境目あたりを触りながら、
「右と左でこんなに違うのがわかるかな?右はちゃんと筋肉があるのに、左は全然なくなっている。左側だけ神経が細くなっている。」
と言われる。
確かに、左右で同じ場所を触られると、左側だけ筋肉が落ちているのがよくわかる。
そして、まさに先生が触っているポイントがひどいコリや時には痛みに苛まれたところなので、これで一気に腑に落ちることとなった。
「今までそう言われたことはなかったのかね?」
と聞かれ、
「いえ、一度もないです・・・。」
と応えると、
「そうかね、こんなにもわかりやすいのにねー。」
と言い、
「ホッホッホ。」
と高笑いをされる先生。
そりゃー、先生からしたらカンタンな症例なんでしょうが、アタシはこのために4年半も苦しんできたんですけど、というのは、私の裡なる言葉であった・・・。

しかし、世の中こんなもんなんだろうな、とも思う。
早いことこの先生を紹介してくれればよかったものを、でも、さっさとファイナルアンサーに達しては面白くないということなんでしょう。
この病気をやって、治ろうと七転八倒する中で、いろんなことを学びなさいとの思し召しなんでしょう。
それと、この土地へ来なさいとの。
確かに、この厄介な病気と付き合いをしてきた4年半、いろんなことを経験した。
人の善意と悪意と。
偏見と人情と。
意外な人物から意外な言葉を聞くということはしょっちゅうだった。
詳細は言わないけど。
マトモに働いていたら、絶対に経験できないようなことばかりだった。
もうひとつのトリガーは、祖母の命が旦夕に迫ってきたということ。
オツトメご苦労さん、と、「縛り」を解きにかかったという気もしている。
離れて暮らしているときも、母だけでは祖母の世話が難しく、そのうちに厳しい状態になるだろうとは感じていた。
なので、この土地に引っ張られた理由のうちのひとつがそれなんだろうとは感じていた。
そんなことを言うのは嫌らしいので言ったことはないけど。
事実、この先生を紹介されてから3週間しないうちに祖母は死んだ。
お外に出てよし、とのお達しなのかもしれない。
無論、土地を離れるのは許されないんだろうけど。



先生はさらに、私の腰痛も指摘した。
坐骨神経痛の痕があるという。
「そんなのもわかるんですか?」
と聞く私に、
「うん、こういうのは必ず残るからね。ただ、これはこれからも出るよ。無理したりするとね。」
と平然と応える先生。
もう、参りましたというほかない。
確かに凄い先生ではある。
こうやってやり取りしていると、だんだんと先生も饒舌になってきて、いろんな話を聞けた。
今は、ある病院にも出入りしているそうな。
先生のところに出入りしていた患者の奥さんが脳卒中(脳梗塞だったかも?)で倒れ、一生寝たきりを宣告されたそうな。
しかし、先生のところに来たその患者さんは、先生に病院に行ってくれと言ったという。
病院ということで、行くのを渋る先生に、その病院の院長は知り合いなので、話をつけると患者さんが請合うので、先生も行って治療をはじめたという。
寝たきりを宣告された奥さんは、先生の治療のおかげでかなり回復し、会話や歩行が可能なまでに回復したという。
それを目の当たりにした病院から、脳卒中?の患者さんについては診てくれ、という話が来て、私が治療を受けた日も、病院に行っていたというのだ。
「どうやって治すんですか?」
と聞くと、普通に治療をするだけだというニュアンスの答え。
あちこちのツボを活性化して血行を改善し、身体機能を賦活化させたということのようだ。
医者のほうも、顕著な結果を目の当たりにしては、指圧治療の有効性を認めざるを得なかったろう。
ガチガチの西洋医療だけでは、今後はますます難しくなるだろうから、どういう形でも、代替医療に関心と理解を示す医師が増えるというのは、日本の未来にとってはいいことだと思う。

私の治療もやはり、あちこちのツボを活性化していくというやり方で続けられた。
通常の指圧治療と違うのは、きつくツボを押すか優しくツボを押すかの違いである。
この先生の治療は強く押さないので微妙な入力が可能であり、それをうまく調節して最大効果を引き出しているという印象を受けた。
治療を受けていると、左肩を中心にひどくかゆくなってきた。
「先生、かなりかゆくなってきましたけど。」
と言うと、
「それだけ血行が戻ってきたんだね。」
と応える先生。
確かに。
けど、すごくかゆい。
それだけ血行が阻害されていたということであり、左肩だけひどい肩こりがあり、フラフラや頭痛が出るのも左だけ、ということの理由付けはこれでできたというもの。

何回か通うことになるのかと思い、
「次はいつにしましょうか?」
と聞くと、何と、特に通う必要はないという。
温湿布をしていれば、2週間ぐらいで治るんじゃないかと言う先生。
神経痛には温湿布がいいということだった。
「ウチの湿布は効くからね。よそにはなかなか売ってなくて、病院の看護師さんなんかもウチで湿布を買っていくんだよ。」
とおっしゃる先生。
「後で湿布を出すから。」
という先生の言葉に、半ば狐につままれたまま、うなずくワタクシ。
4年半が2週間・・・。
バッカみたいだけど、そんなもんなんだろうね。

アッチコッチ押さえられ、いい加減かゆくなってきたあたりで治療終了。
その後もいろいろ話しを聞いていたが、次の患者さんがあるのか、にわかに慌しくなって、湿布を何パックか渡されて、治療費を払って終了。
治療費も、母の知人から聞いていた金額よりはかなり安かった。
どうやら、治療の難易度によって金額は変わるようだ。
私の場合はそんなに難しいのではなかったということなんだろう。
何せ、先生が治療中、
「どうしてこんなのがわからなかったんだろうね。」
と、何度も首をひねっていたぐらいだから。
先生にとっては楽勝だったんだろうけど・・・。

家に帰った私は、早速治療の経緯を母に報告した。
私以上に気が抜けた様子の母。
ま、そりゃーそうでしょうね、ずいぶん苦労したわけだから。
もらってきた湿布は、8時間ほど保ち、入浴1時間前には外すようにと言われたシロモノなので、入浴後に貼ることにした。
就寝前、湿布を貼ってもらう。
最初は何てことなかった。
しかし、しばらくするうちにとんでもないレベルでジンジンと攻めてくる灼熱感。
焼けるような感じ、とはよく言われるけど、それの最上級にかなり近い。
思わず叫びそうになったが、何とか我慢した。
その夜は大変だった。
寝ようとしても、ジンジンがすごくて寝る気にならない。
布団の中で悶々と時を過ごし、いい加減和らいできたところでやっと寝入ることができた。
確かに、8時間経過してもけっこうジンジンが来るぐらい、この湿布はよく効いた。
湿布自体はメーカー、といっても聞いたことのないメーカー品。
後にネットで調べたが、出てこなかった。
市場にあまり流通もしていないように思われる。
成分なんかもあんまり変わったものは入れてないようだが、確かにドラッグストアとかで手に入る温湿布とは段違いに効いた。
灼熱感は、最初のうちはひどかったが、何度も湿布するにつれて慣れていった。
人間の体の適応力の高さは、いつもながら驚くばかりではある。

湿布を始めて数日後には、かなり楽になった。
といってもリバウンドなのか、悪い日もあったけど、全体として回復を実感できるレベルにはよくなった。
肩こりを感じる頻度がずいぶん少なくなった。
頭痛やフラフラ感はまだ少々出るときがある。
そんなときは、微妙に湿布を当てる位置を変えた。
肩はともかく、首の湿布は、日中は外れることが多かった。
それも先生からあらかじめ聞いていたので、ある程度よくなってきた後は、就寝時だけ湿布をするようになった。
それでも2週間ほどで先生から渡された湿布はなくなったが、もう後は市販品で十分と判断した私は、ドラッグストアでゲットした安い温湿布に切り替えた。
4時間ぐらいしか保たないが、それでも一定の効果はある。
それでも十分なくらいにコンディションが回復してきたというのもあるし。

それでもやはり、完全に治るとまではいかないようだ。
これまでよりもさらにコンディションのいい日は増えたが、どうかすると悪くなる。
ひずみのクセがついているというか、悪い状態に行きたがるというか。
このあたりは湿布なり、時には整骨院なりに行って、コンディショニングすればいいことではあるレベルだけど。
どのレベルをもって完治とすべきか、というか、完全を期すべきでもないかという気はしている。
今の状態でもほぼ常人並みに行動できるレベルには戻ってきているので、あとはどういう環境に身を置くかということになっているような気がしている。
悪くなったときのことを考えるとこの土地から離れるわけにはいかない。
スピリチュアル系の問題もあるし。
さりとてマトモな仕事がないこの土地で、どうやって口に糊していけばいいか。
そのあたりが問題である。
ドカチンみたいな、あるいは立ちっ放しの仕事は少しはあるが、そんな仕事をやった日には、すぐにバッドコンディションになるのは目に見えているし。
ある程度稼げるようになってはじめて、笑ってあの時はこうだった、といえるのだろうと思う。


20.07.27 追記

しかしながら、やはりある程度不調にはなる。
かつてのようなひどさはないにしても、そこそこ不調というか。

左側にだけ出る理由をいろいろ考えてみる。
左側にあって右側にないもの。
そう考えを及ぼしていくと、腕時計の存在に気付いた。
メタルバンドの腕時計を高校入学後からずっとし続けていた。
駆動部の電流の影響はないにしても、メタルバンドによる生体電流への影響はないか。
普通の人間には問題なくても、私の場合には問題ありということも考えられる。
SPIRITUALページに書いているように、心霊現象を散々体験してきた私は霊的な感受性が高いと考えられる。
霊現象は電磁波とも関連性がある。
心霊現象を頻繁に体験した私は電磁波に対する感受性が高いとも考えられる。
神経痛は神経電流の問題とも考えることが可能なので、因果関係がゼロとはいえないとも言える。
理由は不明確ながら、それで体がよくなるなら、やってみて損はない。
そう思ったそのときから腕時計を外した。
丸一日以上の単位で腕時計をしなかったことはないから、実に四半世紀ぶりのことになる。

数日後、偏頭痛が来た。
右側に。
こんなことはかつてなかった。
偏頭痛は必ず左側だった。
腕時計を外したことによるリバウンドがきていると判断した私は、ある程度悪くなるまで放置することにした。
しばらくすると、偏頭痛は左側に戻った。
3週間ほど経過し、いい加減悪くなったところで整骨院に行き、バキバキやってもらった。

今のところ、それほど悪くもなく、よくもない状態が続いている。
首は不安定ながら、ひどく悪い状態には陥らないで済んでいる。
これでどうなるか。
腕時計は、今はする気にならない。
たまにしなければならないときは右腕にするようにしている。
10分もしていると、右腕に痺れがくるけど。
なんらかの因果関係があるのかもしれない。
左腕は慣れてしまっているから感じないだけで。




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(最終更新:20.07.27)

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