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強烈な肩こり

大学を無事、5年で卒業した私はとあるメーカーに就職しました。
そこはとんでもない田舎で、会社の社風は一言で言って軍隊式、始業も8時40分、終業は5時半ながら残業を強制され、解放されるのは10時前と、朝6時に寝て昼2時に起きるのが当たり前だった私には地獄のようなところでした。
おまけに入社後の研修は、オリエンテーションもそこそこに、すぐに仕事場に配属で、一年ぐらい教育のし直しをするのがメーカーの大半だというのを聞いていた私にとっては、思惑違いも甚だしいものでした。

この会社、面接時の応対から最低でした。
人事部長が面接官だったのですが、身上書を書かされ、私が片親だと知ると、とたんに胡散臭いものを見るような目になります。 
私は信じられない思いでした。 
さらに、兄弟の年齢順が間違っていたことを言い咎め、きつい目で見てきます。 
さらに成績が同級生の中でどれほどかということを聞いてきて、私が正直に、ほぼ最低ではないかというと、まるでゴミ扱いでした。 
私はよほど、途中で帰ろうかと思いました。

社長面接のときも、そんな悪印象を吹き込んでいたためでしょうか、居並ぶ役員連中の印象は軒並み悪く、不採用にしようかという声が聞かれましたが、社長の「まあ、いいじゃないか、取ってみよう。」との、文字通りの鶴の一声で採用が決まりました。 
社長には内心、感謝しきりでした。 
その人間性も一目でわかるほど、周りの役員連中とは違いました。 
というか、カバン持ちみたいなのが多かったような印象があります。 
すでに無意識のうちに霊の目で見るようになっていたのかも知れません。

その後、大学に戻ってからも、その会社に行くのかどうかで非常に悩みました。
成績のことはともかく、片親というだけで偏見の目で見るような人物が人事部長を務めるような会社に行って将来があるのかどうかと。
指導教授に相談でもすればよかったのですが、当時、まったく研究室に出ないという不良学生路線を突き進んでいた私は相談することもできず、ただ悶々とするだけでした。
当時、講師を務めていた学習塾にそのまま就職するという手段もあり、実際、打診したところ、諸手を上げて歓迎するという状況だったのですが、メーカーに行けという、親の期待を裏切るわけにも行かないと考えた私は、しぶしぶながらそのメーカーへの就職を決めました。
だが、その選択が卒業を救いました。



大学時代、特に製図がまったくの苦手で、”可”以上を取れたことがなく、手作業で製図することは早くから考えに入れてませんでした。
就職したメーカーも、CADで製図しているということを確認して入り、希望どおりの設計部門でCADと向き合いました。
手書き、手作業を必要としないコンピュータというものは、私にとってはすぐになじめるもので、操作には習熟しましたが、肩こりには参りました。
高校時代に柔道で頭から落とされて首を痛めたのが治りきらなかったせいなのか、異常に肩がこりやすく、肩こりというか、強烈な肩の痛みに耐えながらコンピュータに向かう日々が続きました。 
左肩の真中あたりにしこりが常時でき、コンピュータでの作業をやると、このしこりがさらに固まり、同時に強烈な痛みを与えるといった状態で、痛みのあまり、集中力を発揮できないようになってしまいました。
結局、上司との折り合いも悪く、同僚からも浮き上がり、辺地環境にもなじめなかったために、3年で辞めてしまったのですが、この間に培ってしまった肩こりが後々、大いに私の健康に影響を及ぼすことになり、30歳前後には、さらにひどいことになりました


(17.11)
(最終更新 19.09.05)

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