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10cmパンチ

元ボクシング世界チャンピオン、浜田剛史はこう言ったという。
「10cmの隙間があればパンチは打てる。」
私も全く同感である。
かつて、私もできたからだ。

大学に入学し、いささか不純な動機で入部した少林寺拳法部。
しかし、拳法には完全にハマった。
筋力がモノをいう柔道と違い、コンタクトが少ないため、肉体的なハンディを感じずに済んだこと、柔道で曲がりなりにも筋力、特に背筋が強化されていて、特に突きの習熟に役立ったことなどがある。

高校でやった柔道は大して強くならなかったが、拳法で短期間に強くなるベースを与えてくれたような気がする。
弱かった体に人並み以上の筋力を与えてくれたのだ。
チャンガラ柔道部といえど、それなりには練習する。
腕立て伏せや腹筋、背筋などの補強運動も練習後の疲れた状態でやるし。
そのおかげで高校を卒業する頃には、クラスでトップレベルの筋力を持つまでになった。(とはいっても進学校の進学クラスでのことだけど・・・。)
特に握力と背筋が強くなったように感じた。
襟をつかむ握力が必要なため、必然的に握力が強くなる。
背筋は言わずもがな。
60〜80kgの人間を投げるわけだから、背筋は嫌でも鍛えられることになる。
背筋はパンチ力に影響し、握力はパンチの硬さに影響する。
総合格闘技で柔道出身の人間が強いパンチを打てるのも、このベースがあるからだと思う。

筋力のディスアドバンテージが、拳法ではアドバンテージにと変わり、柔道での苦い思いがあったこともあって、私は拳法の練習に励んだ。
入学直後は、大学の授業はごくたまにしか出席しなかったが、拳法部の練習には欠かさず出席した。
練習が終わり、帰宅した後も腕立て伏せや屈伸、腹筋背筋の筋トレに加え、突き蹴りの練習、コンビネーションの練習を日課としていた。
そのお陰で急速に上達し、自由組手をやりだした頃には、黒帯の先輩部員とほぼ互角に戦えるまでになった。



私は特に突きが速かった。
大藪春彦などの格闘小説やアクション小説、格闘マンガなどを数多く読破していたため、トレーニングに関する知識が豊富にあり、単純な筋トレとは一味違うトレーニングを行っていたからだ。
単純にバーベル上げのようなトレーニングをやるだけでは、パンチは強くならないし、実用的な筋肉もできない。
過重によって作られた筋肉はスピードに欠け、持久力にも欠けるのだ。
質のいい筋肉を作るためには、パワートレーニングの後すぐに、スピード系のトレーニングを行わなければならない。
そうすることでパワーとスピードを高い次元で両立した筋肉が作れる。
そのことに気付いていた私は、筋トレの後すぐに突き蹴りのトレーニングをやることで筋肉を強化していった。
成果が現れるのは比較的早かった。
同級生の中で突きの速さはトップクラス。
黒帯の先輩部員でも簡単には受けられない速さを持っていた。
逆に蹴りはよくいって人並み程度。
走るのが苦手なのがモロに出たようで、ニ連蹴りなどはかなり苦手だった・・・。

拳法をやり始めて二年ほど経過した頃、私はさらに突きを改良しようと考えた。
頭にあったのは発勁。
中国拳法の奥義とされるこの技術をものにするにはどんな技術的基盤が必要か。
そこから考えていった。
小説や評伝から得た知識をもとに、どんな突きになるのか考える。
接近戦で、触れた状態から相手を吹き飛ばすほどの爆発的な威力を示すという、発勁という技術。
少しでもそれに近づくために、ストロークを短くしても打てる突きを研究した。
物理の力積の知識が役に立った。
重量×速さが力積になる。
これを突きに当てはめるとどうなるかということを考えた。
重量=体重である。
体重を突きに利用するためには、からだの全てのパーツをムービングパーツとして利用すればいい。
つまり、全身を動かしながら突けばいいことになる。
速さを得るためにはどうするか。
速さ=突きの先端速度と考えた。
つまり拳の速度である。
これを最速にするためにはどうするか。
3段ロケットのような方式を考えた。
土台のロケットを順次発射して速度を上げるという方法である。
これを、体の各部を使って行うのだ。
すなわち、足首から始動した動きをひざ、腰、肩、肘の各部で加速しながら伝えていき、最終的に拳で最大速度を得るという動きだ。
そしてごく短いストロークで撃つためには。
力積の考え方によれば、その全てのパートでの動きをごく短く、鋭くすることにより、ストロークの減少を補えばいいということになる。
つまり、緩やかな加速により最大速度に持っていくのでなく、急加速により速度を得られれば、速度は得られるということになる。
そして、からだの全てのパーツを動かせば、全体重を拳に乗せることが出来るということになる。
ごく短い、鋭い動きを足首から順次、ごく短い時間差で起動していき、そこで生み出した力を拳に乗せる。
イメージとしては足首から拳にかけて波が走るようなイメージ。
そのやり方であれば、ボクシングのリアストレートのような大きなモーションから繰り出されるパンチと同等の威力を出せるということになる。


このやり方を考えついた私は修練に励んだ。
すぐに壁に当たった。
このやり方で突きを撃とうとすると、とんでもないレベルでの足腰の強さが要求される。
拳法の練習を少しでも休んだり、家でのトレーニングを少しサボったりすると、すぐにやれなくなった。
体の動きに足腰の強度がついていかないという経験を初めてした。
そのために、ひざの屈伸運動と腹筋の回数を増やし、さらに馬歩(マーブと読む。中国拳法の鍛錬技法)を取り入れた。<
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やり始めて数ヶ月。 私の放つ突きは、我ながら空恐ろしいレベルに上がった。
10cmほどの距離からサンドバッグを撃つと、サンドバッグが面白いように飛んでいく。
防具をつけた同僚に試すと、防具の上から撃ったにもかかわらず、同僚は苦悶した。
しかし。
問題点はあった。
ごく短い時間に鋭い回転性の動きを行うため、必然的に体へのダメージは大きくなる。
私の場合、頭にそれがきた。
回転軸の中心から頭がずれていたため、頭に回転の負荷が一気にかかり、パンチドランカーのような症状を起こすようになった。
頭がボケるというか、ボーッとするような症状を覚えるようになった。
もうひとつは。
あまりにも威力が強すぎるのと、予備動作がいるために、組手などでは使えないことだった。
私の突きの場合、両足から回転性の動きを起動する。
すなわち、両足に十分な荷重がかかっていないと突きの威力を発揮できないのだ。
組手の間にそんな機会はめったにない。
それに防具の上からでも苦悶するような突きなど、危なすぎて使えない。

もうひとつ、決定的なことがあった。
ある夜、家の柱にその突きを撃ち込んで威力を試してみた。
拳をまったく保護していない、ベアナックルの状態だったので威力をある程度セーブしたにもかかわらず、家全体が揺れるほどの威力。
その瞬間、私は恐怖した。
自分が素手で人を殺せる存在になったことに。
こんな突きを受けたら、普通の人間なら死んでしまう。
そう思うと、喧嘩などできなくなってしまった。
かつてはチンピラにガンを飛ばして道を開けさせるのを趣味としていた私が、不良高校生にもガンを飛ばせなくなった。
組手の時も、相手の顔面を殴れなくなった。
「10cmパンチ」でなくても、相手にダメージを与えてしまうことを恐れるようになった。

その後、経済的事情によって部を辞めた私は、その後も自己流のトレーニングを続けてはいたが、練習量は各段に落ちた。
「10cmパンチ」も折りに触れ練習し、部を辞めても1年ほどは使えてはいたが、頭がボケるのに耐えられなくなって、段々と使わなくなった。
格闘技を諦め、アタマで食っていくことを選択した私にとって、ボケるということは致命的だからだ。
そして25歳の頃には、試しても使えないようになっていた。
足腰の強度が全然足りなかったからだ。
仕事に追われていた私には、足腰の強化をする時間もなく、「10cmパンチ」は自然と封印されることになった。

40歳を過ぎた今、「10cmパンチ」を復活させようとしたら、少なくとも二年ほどの血反吐を吐くような修練が必要になるだろう。
全身の筋力を強化し、単純に筋力だけでなく、鋭い動きを可能にする、柔軟かつ俊敏な筋肉を持たないと撃てないパンチ。
さらに知識を蓄えた今なら、問題点を克服した新しい「10cmパンチ」を撃てるかもしれない。
体さえついてくれば。

(19.04.02)
(19.04.04 追記)



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