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| 柔道から少林寺拳法へ。 |
私は高校入学後、柔道部に入りました。 とはいえ、その動機はいささか不真面目なものでした。 度重なる病気で同級生よりも圧倒的に劣る体力では、運動部ではちょっと難しいかと思われ、しかし、やはり運動部で体を鍛えたいし、中学時代、いじめにも遭ったので、格闘技を習いたいという気持ちも少々はありました。 入学式の数日後にあった、部活の説明会。 いろいろな部活の紹介があった中で私の目を引いたのは柔道部でした。 田舎の進学校ゆえか、柔道部にはいかにも人が集まっていないようで、弱そうで、あまり賢くもなさそうな部員が2人、練習が楽であるとか、練習時間の半分はバドミントンやサッカーなどをやって遊んでいるとかと、ネガティブアピールを繰り返していたので、これなら体力のない自分でもできそうだと思い、その日のうちに入部届を出すとともに、見学に行きました。 道場は、とりあえず専用の道場ではありましたが、築50年は優に経っていようかという代物で、ホコリの舞うような環境で、柔らかくなった柔道畳が幾十枚か敷いてあるという状態でした。 件のヤワ部員のほかはけっこう強そうな先輩部員もいましたが、道場に入ったときも部員一同、バドミントンに興じているという状態で、私の期待に添う体たらく、というか状況であり、自分の選択に狂いはなかったと、意を強くしました。(~_~;) そのチンタラ柔道部に入部し、ぼちぼち練習をしながら、一方では当時住んでいたド田舎からなんとしても脱出し、生まれ故郷に近い、名古屋地区の国立大学へ進学しようと、自分で考えて計画したスケジュールに従って受験勉強をするというのが高校での生活でした。 練習が楽、とはいえ、そこはやはり柔道部。 吐いたりはしなかったけれども結構練習はきつく、一年生の秋には体力もグンとつきました。 50〜60kg(弱小柔道部ですからデブの強そうなのはいません…)ある人間をブン投げる練習を毎日やっているのですから、膂力がつくのは当たり前です。 3年生のときにはすでに、クラスで腕相撲をやって私にかなうのは一人か二人。 入学時は軽く2/3はいたことを考えれば長足の進歩です。 肝心の柔道の実力なんですが、大会などに出ると必ず一回戦負け。 個人でも団体でもです。 ま、そりゃ2時間の練習時間のうち、1時間近くを遊びの時間にあてていては…。 よその高校と合同練習をする機会もたまにありましたが、実力差は歴然。 部員一同、子供扱いです。 まあ、進学校の柔道部だし、と軽く流していましたけど。 でも悔しいといえば悔しかったかな。 それでも2年ほどやっているとそこそこの実力はつきます。 ほとんどの同級生は3年生になるころには黒帯昇進。 私は…道場では彼らと互角かそれ以上(だったと思う)けれど、私はどうも昇段試験で4人に勝利という条件がクリアできませんでした。 勝負弱い性格。 勉強の実力が抜きんでていたので、それを慰めにしてました。(T_T) 今だったら絶対、軽く昇段試験は通るけど(ウェイトも随分ついたし)…。 そんな実力の柔道ではありましたが、ときおり、あれ、と思うことがありました。 技がスッと入ってスッと転がせる時があるのです。 何とも表現しがたい感覚ですが、練習の成果を発揮するというよりは、まったく別次元の動きをする。 そんなときはスパッと技が面白いように決まります。 ひょっとして自分に格闘技のセンスがあるのでは、と、思うようになりました。 柔道ではしかし、そのセンスを生かしようがないとも同時に思いました。 当時は、まあ、今でもそうですけど、柔道というのは膂力の勝負。 膂力の強いほうが絶対的に有利です。 技がなくとも力があれば、適当に翻弄して投げ飛ばすことができる。 それが柔道の実態でした。 試合を見ていると、オリンピックレベルでもその傾向があるように思われます。 外国選手に比べ、日本選手は技術に勝りますが、膂力に劣ることが多く、それが実力を発揮しきれず敗れてしまうことがままある原因の一つのように見受けられます。 白人とは基本的に筋肉量が格段に違いますし、筋肉の効率では黒人にかないません。 基本的に組んでやる格闘技の限界でしょう。 では打撃格闘技だったらどうだろうか。 いつしか、そう考えるようになりました。 組んでしまうと膂力の差がどうしても問題になるが、打撃格闘技ならば、膂力の差は問題にならない。 ひょっとしたらあるのではないかと思われる自分の格闘技の才能が生かせるのではないかと。 大学に入学したら打撃格闘技をやろう、そう思うようになりました。 やはり、柔道で負け続けたのが悔しかったというのが根底にあったのかもしれません。 現役で大学に合格し、晴れて大学に入学した後、どんな格闘技をどうやって習おうかと考えました。 子供時代のバイブル、「空手バカ一代」の影響は大きく、極真空手に入ろうかと一時は考えました。 しかし、柔道部で結構(それなりに?)鍛えられたとはいえ、まだまだ弱っちい体がフルコンタクトに耐えられるとは到底思われず、すぐに打ち消しました。 大山倍達氏が苦戦したという中国拳法。 これも魅力でした。 大山倍達氏が学んだという円の動き。 そのほうが何となく性にあいそうだし、カッコよさそうだし。 中国拳法か、なかったらとりあえず、フルコンタクト空手でない、伝統流派の空手の道場でも探そうかと思っていた時、同級生が声をかけてきました。 「少林寺拳法部に入らん?」 体育会という言葉があまり好きでなかった私が断ろうとするのをさえぎるように、すでに入部していたそのクラスメートは、部内には美人の先輩がたくさんいるとまくし立てます。 ムムム、びぃじぃんの先輩がいると? 私の美女アンテナが反応しました。(^_^;) 男女交際さえままならなかったど田舎に押し込められていた私にとって、美しい女性という言葉は、まさに天上の響きでした。 一も二もなく、見学に行くことにしました。 見学にいってみると、確かに見目麗しい女性部員もおり、部費わずか月額1000円という言葉にも乗せられ、一も二もなく入部を決めてしまいました。(←単細胞です) 柔道と同じような(随分違うか…)、いささか不純な経緯で入った少林寺拳法部でしたが、少林寺拳法には完全にハマってしまいました。 柔道のときに問題となった膂力の欠如は、思惑通り、拳法では(初心者のうちだけですが)さほど問題ではなく、体が動くようになるにつれ、いろいろな技が使えるようになり、自由組手というか、少林寺でいう乱捕りのときは、習い始めて数ヶ月のときには、1年以上の経験のある黒帯の先輩部員の多くを圧倒していました。 覚えた技を振るうというよりも、体が勝手に動いて技を出していう感じで、乱捕りで対戦した先輩部員が私の振るった技に驚いて、有段者が習うことになっている正式な技を教えてくれたりしたこともありました。 少林寺拳法の習得にあたっては、受験勉強のときと同じく、全く独自にカリキュラムを立てて、それに従って勉強、じゃなくてトレーニングをやりました。 それによって、ちょっとしたテクニックを覚えたりもしました。 項を改めて、その内容を紹介していこうかと思っています。 (18.09.20) (最終更新 20.10.13) レーシック(近視・遠視・乱視を治す視力回復手術)の体験談 |
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