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ガンと肉食、精白食品の関係。

悪性新生物。
これがガン細胞につけられる名称だ。
人を死に至らしめる恐ろしい病魔。
だけど、スピリチュアルのレベルでは、ガン細胞という生き物の扱いは変わってくるのだ。
人の体内に生まれ、自身の成長が宿主(ガンに侵された患者)を殺すことになる。
驚くことに、ガン細胞にも意識があり、それは極めて高いレベルの意識だという。
宿主となった人に意識の変革を促すため、敢えてガン細胞となる生を選ぶのだという。

ガン患者が生き方を変えることで良くなったということはよく耳にするところだ。
そのように、宿主が生き方を変えることが、ガン細胞にとって本望なのだとしたら…。
ガン細胞は、宿主が死ぬにしても生きるにしても、わずかの生しか得られない。
高いレベルの自己犠牲の精神がなければ、ガン細胞になどなれないのかもしれない。
そのような観点からガンという病気を見つめ直すと、新たな治療法が見えてくるかもしれない。
少なくとも、今の治療法は、ガンを退治するという観点からしかアプローチされていない。
なぜガンになるのかという視点からの研究が本格的になされておらず、ガンの予防、あるいはガンにならない生活といった、公衆衛生学的アプローチが不思議なほどなされていないのが現実だ。

それでは、なぜガンが発生するのか。
上のような観点、すなわちSPIRITUALな目線で見れば、ガンは業病である。
自らの行いの報い、すなわち過った生き方をただすためにガン細胞が身に宿るという面がある。
でも、現代は悪行に手を染めていなくても、行いが必ずしも悪くなくてもガンになる。
なぜか。

ひとつの原因は、肉食をしているからである。
肉食は本来、人間がすべきでない食事である。
肉が腸内で腐敗し、各種の毒素を放出し、各種の疾病や細胞のガン化をもたらすことが一つ。
もう一つは屠殺された動物の恨みや怒りの念が肉に残っていて、肉食をすることにより、殺された動物のネガディブな念を取り込んでしまうこと。
動物が屠殺される際の怒りや憎しみ、悲しみの念が、肉体の残骸である肉にも残るのだ。
そして、それを食べることによって人間も、その肉となった動物のネガティブな想念の影響を免れることはできない。

精神疾患や犯罪性向と肉食は深い関係性がある。
しばらく菜食をするとわかるが、肉を食べると攻撃性が強くなり、また、不調和感が強くなる。
食肉となった動物の想念の影響がこのような形で現れるのだ。
しかも現代の人間は、食肉を得るのに自ら手を汚すということをしていない。
動物を殺すという行為をせずに肉を得ることで、肉食が罪であるという認識さえないのが非常に恐ろしいのだ。
肉食動物は獲物となる動物を自ら手にかける。
命を奪うということの罪を噛み締めながらその肉を食べているのだ。
だから必要以上の獲物を獲るということを決してしない。
飽食し、肉を食べ切らずに残すという人間の振る舞いは、いかに冒涜的な行いであろうか。
肉となった動物の怒りと悲しみが精神に影響を及ぼすのが当たり前だと思わないだろうか。

白人種は昔から肉食をしてきたではないかという反論があるだろう。
けれど、その白人種は何をしてきたか。
宗教の美名のもとに侵略行為を繰り返し、また、殺し合いをしてきたのがその歴史ではなかったか。
現代でも、酸鼻を極める事件が白人社会では頻発している。
食人さえもしばしば行われていることが、調べればすぐに分かるだろう。
人を人でなくするのに、肉食は少なからず寄与しているのだ。
精神に異常を来すプロモータの役割を、肉食が果たしていることを、私は感じている。

翻ってガンと肉食の関係はどうか。
これは食生活の変遷と死因との因果関係を見比べれば、子供でも分かること。
かつては肺炎や胃腸炎、結核などの細菌性疾患と老衰が死因の上位を占めていたが、今はガンが死因の三割を占め、ダントツのトップ。
しかも、右肩上がりに比率が上がり続けている。(参考リンク
医療水準の問題を考慮に入れなければならないが、戦前は比較的低いレベルで安定的に推移していたガンによる死亡率が戦後は上がり続けていることと、特に戦後の食生活の変化を考えれば、肉食はガンのプロモータになっていることははっきりしているということがわかる。

ガン以外にも、アトピーを始めとする各種のアレルギー疾患、CJD(クロイツフェルトヤコブ病、人間版狂牛病)、その他上げればキリがないが、肉食がプロモータ、あるいは原因となっている病気は山ほどある。

肉食がおいしいと思うのは、白米や精製小麦(パンの原料)などの、いわゆる精製食品を摂ることと強い因果関係がある。
玄米食だと、肉がさほどおいしく感じられないのだ。
白米と明らかに違う。
これは、白米が栄養のたっぷり詰まった胚芽やヌカを削ぎ落としてしまった、不完全な食品であることに起因すると思われる。
不完全な食品だから、必要な栄養分を副食から得なければならないし、肉のような、不完全な食品と合うのだ。
では、白米と合わせれば、肉食をしても良いのかということになるが、肉を食べることの害は上に書いた通り。
不完全な食品を食べ続けて、体に良いわけがないのだ。
白米自体の問題点は、脚気など、既に明らかになっていることである。
このような状況はパンでも同じであろう。
パンに使われる小麦粉も同じく精白されているからだ。
だから肉食ができる。

つまり、精白食品と肉食には、強い因果関係があるとみられるのだ。
逆に、肉食を止めようと思ったら、まずは玄米や全粒粉(胚芽も表皮もそのままに引いた粉)で作ったパンに変え、精白食品を摂らないようにしていけばよいということになる。
玄米や全粒粉で作ったパン食を続けていれば、自然に肉食から離れていくようになれるのだ。
味覚が変わることを自覚するだろう。
味覚に対する感受性が鋭くなり、食べ物の嗜好も変わる。
そしてそれは同時に、精神性を高めることになる。
一段高いところで思考できる自分を発見するようになるだろう。

菜食がなぜよいか。
動物を屠殺する。
生命は死んでも、細胞レベルではしばらく生きているという。
そして生命活動の結果、老廃物を出し続ける。
数時間後に死滅するまで。
いわば我々は老廃物の固まりを食べさせられているわけだ。
だから食肉は、最終的には腐敗する。
植物は違う。
収穫という形で生命活動の場から切り離されても、細胞レベルで生きているのは同じだが、短時間で細胞が死滅するということが無いのだ。
最近の冷蔵庫で、野菜室に光を照射してビタミンを増やすものがあるのをご存じかと思う。
このようなことは、野菜が生き続けていないと不可能なことなのだ。
野菜が生き続け、生命活動を行っていなければ、ビタミンが増えるなどあり得ない。
米も然り。
数年はおろか、数十年、数百年保存された米が立派に発芽し、成育するという事実を、ニュースなどで見聞した人は少なくないだろう。
これも、米が生き続けていないと不可能なことである。
もちろん、精白された米では不可能だが。
今の農薬と科学肥料で作られた野菜は、最終的には腐敗するが、有機栽培で作られた野菜は腐敗せず、徐々に水分を失ってしぼんでいく。
細胞が生き続けているから腐敗しないのだ。
生きた食品と死んだ食品。
どちらが体にいいか明白である。

古来、穀菜食に慣れた日本人の腸は、肉食に慣れた欧米人よりも長い。
日本人が肉食をすると、肉が腸内に滞留している間に腐敗し、数々の老廃物や有害物質を放散するという。
だから、数千年の時をかけて肉食に馴化した白人種よりも、日本人の方が肉食の害は大きく、深刻になる。
白人種よりも大量の老廃物や有害物を取り込んでしまうことになるからだ。

白米や精白食品と肉食を続けて、低い次元の意識と、ガンを始めとする病に怯える生活を続けるか、玄米や全粒粉と野菜を中心とした食事にして、精神性を高め、病を得にくい体にするか。

選択は明らかだと思うが。


参考リンク
腸の不思議な話
ドクター康仁のうんちく漢方塾
ガンと肉食


ブログ掲載記事を加筆・修正し、掲載しています。)

(19.07.02)

 


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