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| 私のマクロビオティック移行体験。 | |
先にUPした「霊性を高め、人を健康にするマクロビオティック。」で書いたように、マクロビオティックに一気に魅せられた私はマクロビオティックへの移行を決意した。 しかし、それまでずっと肉食を続け、一時は肉だけを食べる生活さえしたことのある私が、どうやって穀菜食であるマクロビオティックに移行したか。 それを書くことで、マクロビオティックへの移行をためらう人への参考になるのではないかと思い、綴ることにしました。 ○玄米は、炊飯器でも炊ける。 マクロビオティック的食生活を実践しようとする時の、最初の関門がこれではないかと思います。 といっても、ファンケルが発芽玄米を大々的に売り出して以来、玄米食はずいぶん身近になってきていますが、私がマクロビオティックに移行した時は、玄米食はメジャーなものではありませんでした。 この時に助けてくれたのが、SPIRITUALの項に書いた、Cさんでした。 マクロビオティックの先輩であるCさんが、フツーの炊飯器でも玄米が炊けることを教えてくれました。 やり方はこうです。 ・玄米と水の割合を、玄米1に対して、水を2にします。 白米の場合が1:1ですので、ちょうど、その倍量の水を入れることになります。 ・一晩(7〜8時間程度)、玄米を水につけること。 これにより、固いヌカの部分をふやかし、水を通しやすくする効果があるようです。 夜、洗米して朝炊けば、何ということもない手間です。 たったこれだけのことで玄米が炊けるとは・・・。 Cさんからそれを聞いた私は、早速Cさんから玄米を分けてもらい、挑戦しました。 炊き上がった玄米を見ると、きれいに炊き上がっていました。 感動ものです。 ヌカを破って中の白い部分が出た状態になっていましたので、水が中まで通り、キッチリ柔らかくなっているだろうことは見ただけでわかりました。 食べてみても、全く問題なく炊けていました。 ま、圧力釜なりで炊いた方がイイかもしれませんけど、結構手間です。 それよりは、栄養価は落ちるかもしれませんが、手軽に炊ける炊飯器で玄米を食べてもいいじゃないかというのが、私の考え方です。 ガチガチに遵守することにこだわって、大きな手数を取るようになっては、マクロも続かないと思います。 もちろん、重病人の場合は別ですが。 そうでない限り、導入しやすいかたちでマクロを実践するほうが、心身の負担が軽くてイイのではないかというのが私の考え方です。 こうして一年ほどは、ごくフツーの炊飯器で玄米を炊いていました。 でもある日、母が突然に炊飯器を送ってきました。 玄米炊飯機能つきのヤツを。 ナショナルの炊飯器には玄米炊飯機能がついているというのは、Cさんから聞いていました。 ずいぶん前からのことだそうです。 松下幸之助の意向が強く働いていたらしいです。 松下幸之助という人物、「ソニー研究所」発言などを知っている私は、あまり好きな人物でなく、それどころか、かなりキライな方に振り分けられる人物だったのですが、このことを聞いてから、少なからず見直す気分になりました。 私の元に送られてきたものも、ナショナルのものでした。 これが手元に来てからは、さらに便利になりました。 でも、洗米してすぐに炊いたものはあんまりおいしくありませんでした。 やっぱり「ふやかし」の工程は不可欠なようです。 一度「ふやかし」なしのヤツを食べて懲りてからは、夜洗米して明け方に炊きあがるようにタイマーをセットして炊くようにしていました。 これでかなりおいしく食べられます。 マクロ食の第一関門、「玄米炊飯」は、こうしてクリアしました。 ○肉のうまみは「脂」にあり。 玄米炊飯の問題は別として、私がマクロビオティックへの移行にあたって、まず考えたこと。 どうやったら肉を食べずにやっていけるのかということ。 それと、肉食のうまみはどこにあるのかということです。 これまで肉食に慣れ親しんできた人間が何の準備もせずに穀菜食に移行することができるとは思えませんでした。 肉食のうまみの原点を探ることで、穀菜食への移行がスムーズにできるのではないかと考えたのです。 考えて、辿りついた結論。 それが、「肉のうまみは脂にある」ということです。 霜降りがなぜうまいのか。 赤身肉がなぜまずいのか。 そこを考えたら、容易に結論が出ました。 要は、「肉」自体がうまいのではなく、肉に含まれる「脂」にあるのです。 これを刺身に置き換えてもよくわかります。 トロがなぜうまいのか。 脂を多く含み、舌に載せた時に脂が溶け出すからうまいと感じるのです。 その結論に行き着いたことで、移行期の料理が決まりました。 マクロ食をやろうと決めてから、実際に移行するまで、この問題を考え続けていたので、1週間ほどのタイムラグがありました。 つまり、1週間ほど考え続けていたということです。 トロくさいといわれるかもしれませんけど、この問題を先に考えたために、移行がスムーズにできたと思っています。 ○「油」を多く使う料理を意識的に作った。 肉のうまみが「脂」にあるのなら、穀菜食でも「脂」を多く摂るようにすれば、比較的スムーズに移行できるのではないか。 私の考えた末の結論です。 そう考えて、改めて食材を見渡すと、植物でも、多く油を含むもの、あるいは植物由来の油が多いことに気付きます。 この場合は、「脂」でなく、「油」になりますけど。 ごま油、サラダ油、オリーブ油etc. みんな植物由来の油です。 逆に、普段使う油には動物性の「脂」はないと言ったほうが早いかもしれません。 動物性の「脂」も。食材としてはいろいろあります。 ラード(牛脂)、ヘット(豚脂)など。 でも、これを好む人はあまりいないです。 臭いからです。 飲食店でも、揚げ物屋などでコクを出すのを目的として、植物油と混ぜて使う程度です。 このあたりからも、肉食の限界が見えてきます。 さて、そのことに気付いた私は、メニューの基本線を決めました。 野菜炒めを多くする。 「油」がうまみになるのがわかっているのなら、それを多く使用した穀菜食を作ればいい。 私の結論です。 うまみが油にあるのなら、油を絡めた野菜料理を多く作れば、別に肉食が恋しくなることもないだろうと考えました。 そして、肉の代わりになる食材として、油揚げをよく使うようにしました。 アメリカには、完全に肉の代用になる、大豆などの植物性たんぱく質を固めたテンペというものもあるようですが、日本では簡単には手に入りません。 少なくとも、スーパーで見かけることはありませんでした。 よって、肉の代用品として、肉の代わりにうまみを出してくれて、味と食感のアクセントになるものとして、油揚げを多用するようにしました。 油揚げは、自分でもなかなかのヒットだと思いました。 油で揚げてあるだけに、油もさることながら、うまみもよく出ます。 多孔性?なだけに、だしとか、水分をよく吸い込み、噛むとジワッと染み出るし。 肉などなくても十分と思いました。 炒め物だけでなく、煮物や鍋物にもよく使い、重宝しました。 当初は油抜きなどはあまりしませんでしたが、後には、軽く油抜きをした方が味ののりがよいのを発見し、軽く熱湯をかけてから使ったりもしました。 マクロビオティックへの移行期の当初を、油を使う野菜炒めを多く作ることで対応しようという考え方は成功でした。 頭で理解し、舌で納得したこともあって、肉を食べようという気にはなりませんでした。 ○「味の素」は禁忌。 「味の素」を使わない人は、そんなに多くないでしょう。 「味の素」自体は使わなくても、「本だし」のような、化学調味料を使わないという人は、ごく少ないと思います。 しかし、この「味の素」に代表される化学調味料、マクロビオティックの観点から見ると禁忌です。 「味の素」のうまみのもとになる、L-グルタミン酸ナトリウムが昆布から発見されたというのは、有名な話です。 でも、今の「味の素」は、化学調味料という名が示す通り、化学的に合成された、化学製品なのです。 その原料は石油です。 マクロビオティックの第一人者、久司道夫氏によると、石油から合成された「味の素」は波動が低く、人間にとって有害だということです。 石油から合成されたという時点で拭い難く有害なイメージがありますし、そのことを知った私は、マクロビオティック突入と同時に、「味の素」をやめました。 それでは、どうやって味をとったか。 わたしが使ったのは塩です。 なぜ塩か。 昆布は海藻です。 海中にゆらめきながら成長し、養分を海水から取り込む。 ならば、その海水を煮詰めた自然塩ならば、昆布に近い、とはいわないまでも、そこそこのだしが出るのではないかと考えたこと。 もうひとつは、野菜のうまみを生かせないかと考えたこと。 だしとは、食材の煮汁です、簡単に言えば。 かつおとか昆布、ラーメンなどでは豚骨などが使われていますけど、これらを煮た時にしみ出すうまみをだしと呼んでいるわけです。 なれば、野菜のうまみを引き出したら、それで食べられるだけのうまみが出るのでは。 そう思いました。 昆布買ってきて、それでだしを取れば早いんですけど、どうも面倒だし、当時は低収入でしたし。 昆布を毎度毎度使っていたら、破産してたかも、というのは言い過ぎかもしれませんけど、経済的理由から、昆布だしの使用は難しかったのです。 まあ、そんな思いつきで、塩と野菜でだしをとることをはじめてみました。 試しにおでんで。 結構おいしいんですね。 野菜のうまみがこんなにも出るとは思いませんでした。 ただ、ちょっとした工夫をしました。 加圧調理です。 圧力釜を使うような大掛かりなものでなく、鍋の蓋をキッチリ閉めて、弱火でじっくり煮こむ。 これをやりました。 完全に蓋を閉めれば、鍋の内部は水蒸気で加圧されます。 そうすると、有名な化学の法則、ボイル=シャルルの法則により、温度も上がることになります。 具体的には、沸点を上げることができます。 高山などでは平地に比べて気圧が低下するため、沸点も低下する。 それのちょうど逆です。 気圧が上がるために、沸点も上がるのです。 それにより、食材の内部まで熱と塩分とが浸透しやすくなり、食材のうまみを引き出しやすくなるのです。 こうした加圧調理によってできただし汁は絶品ものでした。 しょうゆと塩と、野菜と。 それだけでも結構うまみって出るものです。 後に、野菜でだしを取った野菜ラーメンというものがあるのも知りました。 野菜でだしを取るという考え方は、私だけの突飛なものではないようです。 味の素に代表される化学調味料を抜いた食生活を続けると、味の感受性が強くなっていくのがわかりました。 言い換えれば、いかに化学調味料によって舌が麻痺させられていたか。 実際に抜いてみるとよくわかります。 後に、フランス料理のシェフからも同じようなことを言われました。 化学調味料を使うと舌が痺れたようになると。 そのシェフは、それゆえ、化学調味料を使うと味がごまかしやすいということも言っていました。 その話をしたのは人気のイタリアンレストラン。 そこの料理にも化学調味料がタップリ使われていました。 いかに化学調味料が日本の食に浸透しているか。 化学調味料は、手軽なだけに、つい使ってしまいがちですけど、このような問題点があることも認識した方がいいと思います。 化学調味料をいったん体から抜いてしまうと、どんなに体が楽になるか。 どんなに味の感受性が鋭くなるか。 化学調味料に慣れてしまっている人は、ぜひ、それを体で知ってほしいと思います。 ○砂糖は当初、制限せず。 人間、何かを制限すると、結構ストレスが溜まります。 私も、そんなに堪え性のあるタイプではありませんでしたので、マクロビオティックを厳格にやろうとはしませんでした。 全て禁止すると、ストレスが溜まって、続かなくなることが読めてましたので。 私の場合は、砂糖をそれほど制限しませんでした。 コーヒー・紅茶には砂糖を入れたり入れなかったり。 料理には使いませんでした。 料理には当初、みりんさえもほとんど使わないぐらい、徹底して甘味を忌避していました。 加圧調理すると、自然の甘味が感じられるというのも理由のひとつです。 でも、お菓子類は制限なしにしました。 甘いものに目がない私でしたので、それはフリーにして、結構食べてました。 だから、お菓子からの砂糖の摂取は結構あったと思います。 マクロビオティックや自然食の観点から見ると、砂糖は禁忌です。 「白い麻薬」とさえいわれています。 習慣性が非常に強く、体への害が疑われているからです。 砂糖は、でんぷんなどの炭水化物に比べて低分子量です。 低分子量ということはすなわち、体の中で早く分解されるということになり、それゆえ、急速なエネルギー補給には適しています。 しかし、体内での燃焼が終わった後は、老廃物になります。 老廃物が体の中を駆け巡ることの害。 体が疲労しやすくなり、それを補うためにさらに砂糖を補給し、さらに疲労しやすくなる。 悪循環です。 砂糖の習慣性は甘味による刺激のほか、このような機序によっても発現します。 老廃物の蓄積による害。 代謝系を中心とした体への影響は、無視できないでしょう。 また、砂糖は純粋にエネルギーしか提供しません。 食物によるエネルギー補給の場合、ビタミンやミネラルを同時に摂取できるのに対し、砂糖の場合はエネルギーだけです。 同じようにエネルギーを補給しても、ビタミンやミネラルが欠乏していく。 これも砂糖の問題点です。 でも、あの甘味を知ってしまった以上、完全に砂糖の誘惑を断ち切るのは難しいと思います。 私もそのあたりを考え、マクロ的食生活に突入当初は、砂糖を制限しませんでした。 しかし、玄米食に慣れてくると、玄米が甘く感じられるようになります。 白米とは違う、雑味のある玄米ゆえなのか、よく噛むようにすると、白米に比べて玄米の方が断然甘く感じられます。 柔らかいけれど、感じのよい甘味。 この甘味を知ってしまうと、玄米食が逆にやめられなくなります。 また、この甘味を知ってしまうと、砂糖の甘味がいかにも人工的なものに感じられ、自然と忌避感を覚えるようになってきます。 砂糖の甘味がえげつなく感じられるようになってくるのです。 そうなると、大好きだったお菓子も、自然と買う頻度が少なくなってきます。 トータルで考えると、砂糖の摂取量がずいぶん減ってきます。 もちろん、ゼロにはなりませんが、砂糖に依存する生活に陥ることはなくなります。 「近代的な」食生活に慣らされた現代人が、砂糖を完全に追放するのは、現実問題として難しいと思います。 それでも、マクロビオティックを実践していけば、体が自然と砂糖から離れていく。 このことは、実体験からも自信を持っていうことができます。 マクロビオティック的食生活を実践しようとすると、一番難しいのが砂糖と化学調味料の問題だと思いますが、私は以上のような方法で対応しました。 ○マクロビオティックに移行して。 炒めものを多くする、化学調味料を使わない、砂糖は制限しないという方針で臨んだマクロビオティック。 特に炒めものを多くしたのが効果的で、全くといっていいほど、肉は食べたくなくなりました。 当初は制限しなかった砂糖ですが、マクロ食への移行期間が長くなるにつれ、欲求度は低くなってきました。 とはいえ、肉も砂糖も、時々フラッシュバック的に欲しくなります。 そういう時は我慢せず、逆にタップリ食べるようにしました。 欲求を押さえつけていると、だんだんと欲求度が高くなる。 ならばいったん解放し、また押さえ込むというのもひとつの手段です。 習慣性の高い麻薬などには適合しませんけど。 でも、欲求に従って肉を食べても、あんまりおいしくないんですね。 体がマクロに慣れてくると、肉がまずくなる。 最初の2口3口まではそこそこおいしくても、だんだん嫌になってきます。 おいしいかおいしくないかと聞かれると、まあ、「おいしい」には入るかな、ぐらいの感覚です。 「すごくおいしい」などとは思いません。 野菜の方が、味の調和が高いレベルでなされるようで、それに慣れてしまうと、がさつな肉の味が、それほどうまいものとは思えなくなってくるというか。 砂糖も同様です。 既に上で書きましたが、高分子化合物である炭水化物の複雑な甘味を覚えると、低分子化合物の砂糖のどぎつい甘味が魅力的でなくなる。 甘〜いお菓子など、最初の2口3口までがおいしさの限度。 あとは惰性で口に運ぶだけ。 マクロ的食生活を続けるだけで、自然にこれらのものと縁切りできるようになってきました。 それでも、たまに欲しくなる時はありましたが、無理に我慢せず食べては嫌になる、ということを繰り返すうち、その頻度も減ってきます。 一年後には、ほとんどそれらのものを口にしなくなりました。 料理の方も、当初の炒め物中心から、煮物も頻繁にするようになって来ました。 でも、根菜類の比率が多かったかな。 それと、メジャーな野菜類に偏っていたのも、正統的なマクロ食とは違うところです。 あまり厳密にやっても続かないので、そのあたりは結構緩やかにやりました。 周到な準備と細部にこだわらない大らかさ、と言えば聞こえはイイですが、ルーズさ。 これによって、私の場合は比較的スムーズにマクロビオティック食に移行できました。 こうして移行したマクロビオティック。 以下は、マクロビオティックを実践しての実感です。 ○マクロビオティックを実践すると体重が減る、体が動く、若返る。 女性にはかなり魅力的な話でしょうが、男性にも魅力的な話です。(笑) マクロ食をやり始めてから一年、ふとした機会に体重を量ってビックリ。 75kgを指してました。 何がすごいって、その一年前までは85〜88kgのラインを浮遊していたのですから。 一年で10kg以上。 しかも、ガツガツ食べてのダイエットですから、すごいです。 私の身長がほぼ180cmですから、筋肉をつけている人間の体重としては、ほぼ理想的です。 筋トレを欠かさなかったこともありますが、筋力は全く落ちませんでした。 筋肉組織が痩せたという感覚もありませんでした。 逆に体は軽いぐらい。 回し蹴りとか(一応、武術家を自認してますから・・・)、あまり上段に届かなかったのが、結構届くようになったり、ステップインの微妙な感覚が復活したり。 体が使えるようになる感覚があります。 たぶん、動物性脂肪や老廃物が関節や筋肉組織に沈着して動きを阻害していたのが、マクロ食に転換したことにより、徐々に排出されたからじゃないかと考えています。 余計な脂質を貯め込まなくなったために、体重が落ちたというのも、シンプルに理解できます。 腰回りの脂肪層は明らかに減りましたし。 でも、それ以上にうれしいこと。 見た目年齢が若くなることです。(相対的に) 私は25歳を境に、実年齢よりも若く見られてましたけど、それでも、マクロを始める直前は結構荒んだ食生活をしていたこともあって、実年齢マイナス2〜3歳程度しか若く見られませんでした。 でも、マクロ食を実践してからは見た目年齢が全然老けず、逆に自分でもわかるほど、若くなっていきました。 37歳ぐらいまでは、初対面の人間に年齢当てクイズを仕掛けると、必ず27〜28歳と言われてました。 つまり、実年齢マイナス10歳も若く見られていました。 その後、実家に戻り、家族に食生活を合わせ、マクロ食から離れてからはみるみる老けこみ、40歳の今、見た目年齢はどうひいき目に見ても37〜38歳です。 つまり、ほんの2年ほどで一気に7歳も見た目年齢が老けこんだのです。 マクロ食の威力以外に考えられないです。 動物性食品を摂ると、体内に老廃物が蓄積します。 肉など、腐敗物のカタマリみたいなもんですから。 これが老化を促進しているんじゃないかと思うのです。 だから、デトックスなんてものが必要になるのではないかと。 マクロ食なら、玄米がデトックスをやってくれますから。 ヌカは消化されずに腸内を進み、腸壁にこびりついた老廃物を掃除してくれます。 腸壁の代謝機能が復活して、体内の老廃物も代謝されるから、デトックスなんてものをする必要がないんです。 デトックスという言葉はトクシック(TOXIC、生物毒、有機毒)を解毒することから来てますけど、玄米の場合はトクシックはもちろん、重金属などのポイズン(POISON、金属毒、無機毒)も排出するともいわれています。 今後、マクロビオティックが発展するにつれ、研究者や検証者も増え、そのあたりのことも明らかになっていくかも知れません。 若く見られたい人はマクロ食。 というのが、今後流行りになるかも。(というか、なってほしーの、なんちゃって・・・) ○マクロビオティックを実践すると、精神が澄明になり、意識レベルが高くなる。 これはやり出して数ヶ月で実感できると思います。 動物の肉を食べるということは、殺された動物の怨念を背負うことになります。 だから攻撃的になり、精神が粗雑になり、不充足感、不調和感の虜になります。 それは肉を取るために殺された動物のやりきれない思いを、肉食によって体内に、精神に、取り込むことになるからです。 逆に穀菜食であるマクロ食は、やり続けると精神の調和度が上がり、精神の澄明さが上がるのが実感できます。 動物に食べられることで己を生かし、種を生かす植物の場合、これを食することで大いなる調和を感じることができるようです。 自然の節理に叶うとでもいいましょうか。 植物の場合は、動物に食べられることを当然のこととし、食した動物との合一性を顕現することにより、高いレベルの調和を果たすようです。 だから、植物が人間にマイナスの影響を及ぼすことはないということのようです。 人間は本来、穀物と野菜しか口にしてはならないのだということがよくわかるようになります。 これらは、普段肉食をしていると自覚することはありません。 穀菜食をし、それによって体が浄化されて初めて自覚することが可能になります。 なんでもそうですが、低いレベルにある時、高いレベルがどんなものか、想像することも難しいものです。 高いレベルに達して初めて、低いレベルがどんなものであったかわかるのです。 マクロ食をやることにより、精神は高いレベルに上がることができます。 霊的な感受性の強い人は特に、肉食を避けるべきだと思います。 肉食をすることのマイナスが大きいからです。 低級霊や動物霊との同調を助長し、憑依しやすい体質になってしまうからです。 肉の身を持っている限り、精神は肉体の影響から完全に自由になることはできません。 同様に、肉体も精神の影響を多分に受けます。 これは肉の身を持つ時の約束事のひとつであり、このような桎梏があるからこそ、人間としての生を生きることは、意識体のままで修行をするのに比べて遥かに得るものが大きく、意識体は不自由の大きな肉の身を持ちたがるのです。 病気を避け、より高い意識になるために、マクロビオティックができることは大きいです。 逡巡している方は、私のような緩やかなやり方でも効果はありますので、ぜひ、実践していただければと思います。 (19.06.14) |
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