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内在神への道  伊勢−白山道

この本は伊勢−白山道というブログを書いている著者の、その前に書き込みを行っていた2ちゃんねるへの書き込みとブログの内容をまとめたものである。

スピリチュアル全盛の時代に、この本のもたらすインパクトは大きいと思う。
というのも、神は自分の裡にいて(=内在神)、その神を育てていけばよいとして、外のものにすがるような既存の宗教やスピリチュアリズムに対して強烈な批判を与えているからだ。

著者が言うには、ハンドルネームのごとく、伊勢神宮−白山のラインが決定的に重要であるという。
伊勢神宮は日本のみならず世界に通じる霊地であり、なかでも伊勢神宮外宮がとても高いレベルの霊地であるという。
そしてその霊的レベルの高さは、キリスト教やユダヤ教の宗教者が来てもわかるほどだとしている。
ブログ来訪者らのコメントによると、ブルガリアの有名霊能者やロシアの霊能者などがここの霊格の高さを指摘したり、訪問して感動したり、というエピソードがあるという。

この本では、人格神は何段もの階梯に分かれるとし、○○神何段目、という表現がたびたび出てくる。
このような言い方は、以前にもどこかで聞いたことがある。
そして天照大神や素盞嗚尊などとして知られている神霊は、ほかの宗教では別の呼び方でいわれているという。
私もこの考え方には賛成である。
著者が提示しているのは素盞嗚尊=ミカエル=ルシファー説。
ミカエルが地獄に行くときはルシファーになるというのだ。
このような説ははじめて聞いたし、個人的には天照大神=ミカエルと思っていたので少々驚いた。
ただ、ルシファーについては、他の本から得た情報を考えると、別人格であるという気がする。

個人的に興味深かったのは、神に使われる眷属が増長し、あたかも神のように振舞っていたという記述。
これまでの時代は取次ぎの存在が必要で、その役を眷属が担っていたらしいが、これからはそれがなくなるという。
神的存在に吸収されていく眷属が大半の中、一部の眷属神は脱走し、人に憑依し、新興宗教を起こさせたりしたというのは、この本やブログではじめて目にした記述だが、それなりの信憑性を持って迫ってくる。

また、今の時代、幽界などの低いレベルの霊界から消滅が始まっていて、そこにいた霊的存在が逃げ場を求めて憑依しやすくなっているという。
アセンションとつなげて考えると、これらの記述は得心するところがある。
霊界の消滅については、他のスピリチュアル系のサイトでも同様なことが書かれてもいる。

専業霊能者が意識的・無意識的に付ける霊的垢があるというのは、ここではじめて知った。
この人の記述に説得力と蓋然性があり、巷間聞く悪徳霊能者の所業とも合致するだけに、読むと背筋が寒くなる。
また、ヒーラーなども同じだと喝破している。
私はヒーリングというのは受けたことがない。
整体はよく受けていたが、整体師がいっていたことを思い出す。
曰く、治しすぎるとリピーターの患者が来ないし、治さないと評判が落ちる。
このあたりの兼ね合いが難しいと。
私もその整体師がいいというのをあちこちに言ったりしたが、なかなか紹介まではいかなかった。
なので、集客に苦労するというのはよくわかる。
その整体師のグループは高額なマットレスを売ることで副収入を得ていたけど、実際、少なくない金額を払って治す、あるいは癒すという仕事では共通項があるわけで、ヒーラーが知らずに霊的垢を付けるというのはよく理解できるところではあった。
問題なのは、これが霊的なつながりをもたらすものであるところで、多くの人は自覚できないだけに問題が深刻であるところだろう。
私もこの本を読まなければ、それには気づかなかった。
レイキなどの危険性も指摘していたが、あのイニシエーションに高額な料金が必要というのが腑に落ちなかった私は、そこですっと気づくことができた。
その点で考えると、アチューンメントというのは、与える個人の霊的な影響を受けずにはいられないという観点から考えれば危険だろうという気はする。
それを行う人間のカラーに染めるということにつながるからだ。

ただ、私自身は著者の記述のすべてを盲信しているわけでなく、一部の記述には疑問を感じてもいる。
著者は霊的グッズは危険なだけで必要ないというが、心霊現象に苦しめられ、その霊的グッズのおかげで平安を取り戻した私は、一時的に使うのなら、依存することがなければ、別にかまわないという気がする。
実際、強烈な心霊現象など体験すると、多くの人は夜も眠れないだろう。
霊的なグッズでそれを祓えるのなら、そして本人も努力するなら、私は使用に肯定的である。
また、地底世界シャンバラに関する本には、水晶が次代のエネルギーの鍵を握る物質であるとし、霊的な効果もあるような記述もあった。
なので、このあたりもほかの情報との整合性がないところではある。

「内在神」という言い方も、私は反対である。
人はみな神性を持っているものであるし、みな神の分霊であるともいえる。
「内在神」という言い方をしてしまうと、あたかも別の存在であるような印象を持ってしまう。
個という存在を尊重しながら高みへと上っていくのが人の使命であり、生きる意味だと考えている私は、自己の分裂と、新たなる崇拝を招きかねないような「内在神」という言い方には違和感を禁じえないところである。
伊勢−白山道のラインが決定的に重要であるというのも、竹内文書と矛盾するところで、私としては素直には入らないところである。
ただ、この点については諸説があるところではあるので、私の意見を述べるにとどめるものとする。

白山信仰は、朝鮮の白頭山信仰ともつながる。
それと伊勢神宮をつなぐというのは、少々わだかまりを感じないでもない。
北陸という土地は、朝鮮から上陸しやすい土地であるから、一つの可能性を捨てられない。
逆に、素盞嗚尊は朝鮮からアジアへ渡ったとも言われているので、そこから生まれている可能性もある。
また、白山には、超古代に王朝が存在したと言われている。
これと伊勢−白山道はどうつながるのか。
このあたりは、白山を実際に見ないとわからないけど。

一方で、天皇に関する記述もあった。
替え玉説のある明治天皇の霊的な役割を明らかにしたり、昭和天皇が死後も太平洋戦争で不幸な死に方をした霊を救済する活動をしているという記述。
硫黄島に関する映画の公開と昭和天皇の役割とのリンク。
あまりに悲惨だった硫黄島の戦闘。
それを癒すために2編の映画が作られ、世界の人々に周知したと。
戦争で亡くなった人々の犠牲の上に今を生きている人の一人として、粛厳たる気分になった。
ただ、そういうことがあるとしても、昭和天皇は龍神に変形(へんぎょう)しているのではなく、遣わしているのではないかという気もする。
日本にとどまらず、地球を代表する祭祀者であったとも言える天皇陛下が龍神に変形することがあるとも思えない。
特に、昭和天皇の後半生を見ると、相当に霊格の高い人であったとも思われるだけに。
このあたりが、この本に全面的に賛意を示せないところではある。

この本やブログで魔の山とされている岐阜の霊山、位山。
天皇の践祚(せんそ、即位のこと、wikiリンク)の際には、位山のイチイの木から作られた笏(しゃく、wikiリンク)が使われるという。
魔の山なのに?

そして同じく魔の山とされている京都の鞍馬山は、別の本や情報ではサナト・クマラが降り立った地とされ、このサナト・クマラが鞍馬魔王尊として祀られているという。
サナト・クマラはイエス・キリストとして地球に降り立ったと言われる太陽系を代表する人物である金星の大長老、サナンダ・クマラの弟とされている。
ちなみにレイキもこのサナト・クマラがもたらしたものとされている。

同じく魔の山とされている玉置山にある玉置神社へ私は行ったが、悪い気はないと感じた。
厳しい神様だといわれる国常立神の意を体するような、粛厳たる気は感じたけれども。

位山、玉置山はいずれも、艮(うしとら)の金神とも呼ばれる国常立神が鎮まるところであるとされている。
この神様はかつて地球を統べる神として活動していたが、その治世があまりに厳しいために不満が上がり、天照大神に交代され、自らはお隠れになったとされる神である。
その交代の経緯から、邪なる者達はこの神様をことのほか恐れるともいわれる。
艮の金神が納まる方角、北東を鬼門と呼んで恐れたのも、これに由来するらしい。
そして、「次の世」では再び国常立神が統べることになるようである。
その神様が鎮まるとされる霊山を魔の山とするのはなぜか?
玉置山に実際に行き、神気を感じた私としては、その辺りが疑問である。

この本やブログで示される記述を貴重に思いながら、一方で違和感を感じてもいる。
そして2ちゃんねるなどでは、かなり厳しい批判があることも、参考のために書いておく。
伊勢ー白山道を礼賛するブログやサイトは数多くあり、検索すればすぐに出てくるので、影響力が大きいと思われるサイトだけに、逆に公平な判断を期すべく、アンチサイトのリンクを付記しておく。
特にこれらサイトの批判は理に叶うところも多いと思われるので、一読してみるといいかと思う。
(参考リンク:2ちゃんねるの関連スレ同:白山−伊勢の検索結果
(参考リンク2:アルクトゥルスの光速前進(再び)伝統の一戦!

個人として、霊的にはあるレベルには達しているのではないかとは思う。
が、方向性はどうなのだろうかと考えることが時にある。
霊的進化には、いろいろな道があることは知っている。
その方向性、あるいはルートが合うかどうか、そういう観点から考えてみてもいいかもしれない。
嫌なら止めればいいとは、彼自身が度々言っていることではある。
彼からもたらされる情報の多くは傾聴に値するとは思うが、盲信はすべきでないと、これも同時に感じているところではある。

ブログに書いていることを多く収録している本であるので、本の内容は、ブログを読めば大体のところはわかるともいえる。
だけど、本になるとまた感覚や受け取り方が違う。
時系列で構成されたブログと、内容別に再構成された本とでは、情報の密度が変わってくるし、ブログにない情報もかなり入っているので、ブログの読者が買ってみてもいいかと思う。

本の内容をどう受け取るかは個人の自由であるし、個人的には全てを信じているわけではないけれど、私はこの本からもたらされた情報を、興味深く感じた。


(20.03.31)
(20.09.29 最終更新)
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