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| 轟 音 |
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本州の中都会での、貧乏だったにせよ、楽しかった生活は、小学校卒業間際に起こった両親の離婚で暗転しました。 母親に連れられてやってきたのは母親の実家。 四国のすごい田舎でした。 遊ぶところは何もなく、地域的なしがらみは強く、教育程度はかなり低く、私にとっては地獄のような場所でした。 落ち着いてしばらくは、母方の祖父母と同居してましたが、子供と老人では食事の嗜好が合わず、私は不平を言っては母親にとがめられるということを繰り返していました。 また、祖母が何かと毒のある言葉を吐き、そのころは祖母が好きだった私は少なからず、その毒気に犯され、学校でも家庭でも孤立するようになりました。 その言葉の毒の影響から抜け出したのは、30代になってからのことで、幼時の刷り込みの恐ろしさを感じています。 祖父母との同居に対する不満は私だけでなく、他の兄弟も、逆に祖母も持っていたようです。 母親は経済的問題から祖父母との同居を望んでいたようですが、県外に出ていた叔父の帰郷を望み、その受け皿を用意しておきたい祖母に冷たく拒絶され、半年ほどして、私たち家族は祖父の持っていた借家に移ることになりました。 その借家は10数年前までは賃貸していたようですが、その当時は空家で、初めて見たときは、果たしてここに住めるのか、はなはだ疑問に感じたほどの荒れようでした。 それでも、祖父と母が、お金がない中で何かと工夫して手入れし、何とか住める状態にして、私たちは移り住みました。 当時、祖父母は古神道を信仰しており、その影響で母親も信仰を始め、神棚を作るなどしておりました。 入居前に家を掃除に行くと、縁側で野良猫が死んでいたりしてあまり縁起がよいと感じなかったのでしょう、母親は毎晩祝詞を上げていたようです。 ある朝。 6時半ごろでしたか、ドーンという物凄い轟音で家族みんなが目を覚ましました。 当時、家族はみな一部屋しかない、二階で寝ておりました。 轟音は下から聞こえました。 耳を劈くような轟音が一度聞こえ、後は静まり返っています。 母親が様子を見に行こうとしました。 私はそれを止め、自分が行くといって下に下りていきました。 ところが、何も異常ありません。 狐につままれたような思いでした。 その家は二軒長屋だったので、隣の家の人もその轟音を聞いているはずと思い、起き出してから、母親がその轟音について訊ねました。 しかし、隣の人はなにも物音を聞いていないといいます。 どうやら私達家族だけが聞いた音だったようです。 つまり、物理的な音でなく、霊的な轟音だったということです。 祖母の親戚で、同じ古神道を戦前から信仰し、高いレベルにあった霊覚者の方がおり、その方に聞くと、その家にいた悪いものが轟音とともに出ていったのだと言われたようです。 私自身は、このときの経験は完全に記憶から欠落していましたが、後に心霊現象が頻発するようになってから、母親にこのようなことがあったといわれ、ようやく一部を思い出しました。 なので、このエピソードも大部分は母から聞いた話を元に構成しています。 これほどの事件を覚えていないということは、何か意味があって忘れていたようにも思います。 その家では、その後もいろいろな体験をしました。 夜中、みなが寝静まった後も起きていると、下で人が動き回るような物音が聞こえます。 泥棒かと思い、下に下りていくとなにもおらず、戸締りもしっかりなされていて、何も問題ありません。 戸締りを確認して上に上がると、また、下でなにやら物音が聞こえる、といった経験は度々でした。 そしてさらに、後の項で述べるような超常現象も体験することになりました。 (17.12.08) (最終更新 19.08.31) |
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