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葛 藤

霊覚者の方と会い、さらに霊能者の方とお会いして、自分が実家に戻ってきた理由らしきものを知ることができました。 
しかし、だんだんと自分の裡で疑問が湧いてきました。
なぜ、フラフラ病(個人的に命名)のような病気にかからなければならなかったのか。 
なぜ、死ぬほど忌み嫌っていたこの土地に戻らされたのか。 
なぜ、母方の先祖が私に干渉するのか。 
日を重ねるにつれ、この疑問が深刻になってきました。

体は一向に治る気配がありません。 
外見的には普通です。 
筋力トレーニングも普通にできます。 
ただし、”歩く”というごく当たり前にできるはずの動作が非常に難しかったのです。
平衡感がなく、普通に歩いているつもりでも、千鳥足になり、屋内などでは何かにぶつかりそうな不安を常に感じていました。 
車の運転はさらに悲惨です。 
平衡感がなく、遠近感もないため、2kmの距離を運転するのさえ、ためらうときがありました。 
5km以上の距離はほとんど命がけでした。
運転し始めると、まず、距離感を測るために必死の努力が要ります。 
さらに、ふらつかないようにするために必死になり、ハンドルを握り締めます。 
バックミラーを見ると、危険を感じたらしい後続車は遠く離れています。 
そのような努力をしながら運転しているうちにフラフラは進行し、ついには運転するのが困難になるというのがパターンでした。
一度など、3kmほど離れたスーパーに買い物にきたはいいが、フラフラが進行し、帰るのに恐怖を感じたことがありました。 
何とか帰りつきはしましたが、掌には脂汗がべっとりでした。

この土地には深刻な嫌悪を抱いていました。 
小学校の終わり頃に転入してきて以来、この土地に住んで良かったと思ったことは何一つありませんでした。
中学校時代には数人にいじめを受け、また、クラスの大半の人間から無視されるということも経験しました。
いじめる連中というのはヤクザと同じで、徒党を組んでくるので一人では手が出せません。 
結構厳しい体験でしたが、そのために、後に格闘技をやるようになり、素手あるいは手近なもので人を殺す技術を熱心に研究するようになりました。
でも、強くなると、今度は法律が怖くて手を出すことができなくなりました。 
頭のいい人間は損です。(笑)

高校に入ると、今度は知的レベルの問題が出てきました。 
小学校のときですら、レベルギャップに愕然としていたのですが、高校に入り、大学受験を意識するようになると、さらに深刻になりました。 
その地域で一番の進学校に、中学時代を通して全く勉強をせずに入ったのですが、その高校の大学合格者数は年間100人、東大が年間一人いるかどうかです。 
父親と親戚が近くに住み、通学が可能かと思われた、中部地方の一流国立大学を志望する身としては、その高校の授業のレベルでは全く足りず、いい学習塾もない環境で、授業をほとんど無視して自分で勉強するようになりました。 
結局、志望の大学にストレートで入れましたが、高校と一部の教諭達には軽蔑を禁じ得ませんでした。 
両親の離婚前に住んでいた土地にずっと住み続けていたら、東大に余裕で現役合格していたと思います。
交友関係でも、中学高校を通して常にレベルギャップを感じ、自分より頭がいいかもと思った人間はわずかに一人です。 
そのような思いが出るのか、周りからは当然のように浮きました。

そんな、いい思い出のない土地になぜ戻らされたのか。 
体調は戻らず、仕事はなく、ほとんど文無しで帰ってきたのでお金もなく。
八方塞がりの状況に、だんだんと怒りが湧いてきました。
母方の先祖が私を呼んだというのも、大いに私を怒らせました。
霊能者の方からは、母の家系は長男が家を継がない、逆縁の状態が続いてきて、それを止めるため、先祖の祭りを行うために私が呼び戻されたといいました。 
霊能者の方は霊の言葉をそのままいっただけなのですが、その言葉は後から思い返すごとにおかしく感じるようになりました。 
母は、兄が夭折したため長子ということにはなりますが、下には弟がおり、その私にとっての叔父には二人の男子がいます。 
だから、先祖の祭祀をやらせるならそちらに行くのが筋で、私に来るいわれはなく、私が祭りを行うと、それこそ逆縁になります。 
ちなみに私の父親は次男で、長男の伯父には二人の男子がいるため、こちらも祭祀の義務はありません。
かなりおかしいです。 
両者とも実家を離れていますが、それが私が呼ばれる理由にはならないはずです。 
特に母方には。 
親の面倒を見ろということに縮小解釈して考えても見ましたが、別にこの土地である必要はなく、就職の困難なこの土地で暮らすことの理由付けにはなりません。
 
母方のいとこ連中の中で最強(だと思う)の能力(霊的、知的、闘争能力という点において)を持っているゆえに引っ張られたのかと思ってもみましたが、でもそれとこれとは別で、そのために病気にしてまで連れ戻す権利はないはずです。 
病気になって働けない状況にならなければ、この土地には絶対に戻ってくることがなかったので、これは仕組まれたものだと確信しました。
それが神様だとしても許せませんでした。 
人を病気にしてまで自らの好きなように動かす権利はないはずです。



怒りはだんだんと深刻になってきました。 
何もできず、ただ家にいるしかない状況で煮詰まってくるのを自覚していました。 
でも、どうしようもありません。 
遊びまわりでもできたらガス抜きになるのでしょうが、文無しの身ではそれもかないません。 
フラストレーションはたまる一方でした。
 
結局、先祖たちのエゴではないか。 
いつしか、そう思うようになりました。 
ふざけるんじゃない!!! 
と怒りが爆発しました。 
手前らの面倒などみねえ!!! 
と、(心の中で)吼えたことも度々でした。 
神様にも怒りの矛先は向きました。 
ずっと買いつづけてきたロト6に一縷の望みを乗せ、というか、働けない身ではこれがわずかな希望の糸だったので、これが当たれば望むようにする、外れれば、もう何もせず、いつかこの土地を出ていくと(心の中で)宣言しました。 
私が指定した期日の抽選も当然のように外れたので、かねての宣言どおり、何もしないようにしました。 
その土地の神社も、その県内にある神社も行かないようにしました。 
以前は、通り掛かりに神社があれば、時間の許す限り参拝していましたが、それも、完全に止めにしました。
墓参りも絶対にしないと宣言し、行きませんでした。 
一度、祖父の法要があったときは、叔父が帰省したにもかかわらず、墓の掃除をしようともしなかったので、仕方なく掃除だけはしました。 
祖父と、夭折した叔父には親しみを感じていたので、それが最低限、譲れる線でした。

その年の秋、派遣会社を通して地元の大手企業の工場で働き始めましたが、またもフラフラ病がひどくなり、わずか一月あまりで辞めざるを得なくなりました。 
その後、ある病院でリハビリを受けられるようになり、ようやく、長かったフラフラ病との戦いに一筋の光明が差してきましたが、一月半ほどで治療効果が得られなくなり、停滞した状態になりました。
 
病み疲れていたある日、ふと思いついて自分で骨を動かすということをやり、それ以降、またぐんぐんと回復するようになりました。 
さらに幾度か、ふと思いついて骨を動かして体の状態がよくなるということが続きました。 
このときの心の動きを詳らかにするのは難しいのですが、私はこれを神の恩寵だと考えました。 
固定化した観念を打ち破り、新たな方法によって体を治すという体験は、それが自らの力だけでできるものではないとわかるだけに、そこに神の助けがあったことを感じました。 
私の神に対する敵愾心は消えました。 
同時に、この病気がひとつのプログラムであったのではないかという思いも強くなりました。 
この病気がなければ、今も中国地方の大都市で生活していたに相違なく、この土地に戻ってくることもなく、霊能者に会うこともなかったと思われるからです。 
病気にかかったときに、なんとなく、治るまで2年あるいは3年ぐらいという気がしており、この時期に良くなったのも暗合を感じました。 
そんなことで、年末から年始にかけては比較的穏やかな気持ちで過ごすことができました。
 
しかし、人間ほど弱いものはありません。 
年が明けても生活がままならず、就職もおぼつかない状況で、またぞろ、この土地へ押し込めた存在への怒りがこみあげてきます。 
神様についてはともかく、先祖についての怒りは正直言って今も大きく、自分が死んだときに報復するのが大きな楽しみになっているぐらいです。 
いずれにしても、死んだときにすべてが明らかになることで、自らがプログラムしたことならば納得がいくであろうし、先祖、あるいは他の存在のエゴで引っ張られたのならば、しかるべき報いを与えることになるでしょう。 
そのためには、高いレベルにも低いレベルにも自在にいけるようにしないとなりません。
だから、まずは修行です。

(18.01.24)


(20.03追記)
と、上のように考えてはいたのですが、最近は「別に・・・。」という心境です。
結局、力のある子孫に迷える先祖霊は頼りたくなるであろうし、それだけの力がなければ来ないだろうし。
アセンションの時期になれば、レベルの違う魂とは結局別れることになるし。
今、同時代を生きている肉親・親類でも、多くは違うところに行くようなので、まして死んだ霊たちに引きずられて執着を持っていてはかなわないというのもあります。
今は、毎朝の般若心経詠唱のときなどに、早く執着を捨てて上がらないと乗り遅れるよ、と呼びかけています。
積極的にアクションを起こすことはもうしないけれど、自ら立つためのヒントは差し上げましょう、ぐらいの気持ちといいましょうか。
まあ、不遜といわれればそうかもしれませんけど、結局、それが一番の早道だと思うからです。
ベクトルを変えない限り、くもの糸を垂らしても無意味ですから・・・。

迷い、苦しみというのは結局、自らの執心が生み出すもの。
それを捨てないと救いはないわけですから。
「救い」も結局は自分自身が行うもの。
子孫に頼ろうが、神仏に頼ろうが、それに気づかないと、救いは来ないということになります。
救いを受けられるレベルに達しないというか・・・。
このあたりのパラドックスはなかなかに難しく、わかっていても実践が難しいものではありますが。
「自在心」という言葉がひとつのキーワードのような気がします。

この項は全面書き換えしてもよかったのですが、心の軌跡を残しておくのもほかの人の勉強になるかと思い、書き加えの形を取りました。


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