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| 誰でもできるヒーリング |
スピリチュアルブームとともに台頭してきたヒーリング。 このヒーリングは、実は誰でもできます。 特別な修練も必要ありません。 誰でも出来るということに気づきすれば、今からでもできるのがヒーリングなのです。 やり方はいたって簡単。 自分が神の光の中継器となって、癒す相手に光を下ろしてあげるだけです。 ・・・ これだけだと、なかなかイメージが湧きづらいかと思いますので、具体的な方法を書いていこうかと思います。 ヒーリングというと、特別な素養を持ったヒーラーが、特別な修練をして得た能力を使っているように思うかもしれません。 実際、有料で(しかも高額だったりする)そのような修得プログラムを設けているようなところもありますが、それが神の意に沿うものかどうか、考えたら答えは出ると思います。 ヒーリングというのは、最近出てきたような印象があるかもしれません。 しかし、ヒーリング自体は太古の昔から存在していたテクニックです。 そして、無意識にみんながやっていたものなのです。 「手当て」という言葉、これはもともとヒーリングから来ています。 痛みを感じたときに、患部に無意識に手を置く動作、これもヒーリングを無意識に行っているのです。 無意識に、効果的なやり方を知らずに行っているために、さしたる効果が出ないだけです。 効果的なやり方で「手当て」をすれば、一定のヒーリング効果が出ます。 私がヒーリングというテクニックを知ったのは、小学生のころにさかのぼります。 平井和正の小説アダルトウルフガイシリーズ(REVIEWへ)「人狼白書」で、犬神明の恋人、雛子が行っていたのを読んで以来です。 その当時は、私も特別なテクニックが必要だと思っていました。 その後も時々、ヒーリングを書物などで散見する機会がありましたが、このときも私には縁のないものだと思っていました。 初めて目にしたときから時を隔てて30年足らず、数年前、私はある霊覚者と会い、黄金色のオーラをまとわせてもらうとともに、ヒーリングもできる力をもらいました。 ただし、それはあくまでもその霊覚者の能力を転写したもので、私の霊的レベルが上がらない限り、その効力は期間限定という注釈付きで。 霊覚者の言葉通り、数ヶ月で黄金色のオーラは消えました。 けれどその後、白いオーラのようなものが見えるようになりました。 金オーラまではいかなくても、何らかの霊的なエネルギーは発しているのを見ることが出来るようになったようです。 般若心経を毎日誦経し、先祖供養をいっとき真剣にやり、さらにスピリチュアル関係の本を多く読んだりネットの情報に触れることで、霊的なことに関する知識が深まったことなどが背景にあると考えています。 それとともに、人のオーラもある程度見えるようになってきました。 暗いところで人が動くときなど、残像のようにオーラが見えることがよくあります。 相手の霊性の高低や修行の度合いなどは関係なく、見えるように感じます。 そこから考えると、だれでもオーラをまとい、誰でも霊的なエネルギーを発していて、知覚していないだけであるように思います。 それが強いか弱いか、高いか低いかの差異はあるにしても。 ヒーリングの力は、黄金色のオーラの消滅とともにいったん消えたように思いました。 しかし、その後しばらくしてやろうとしたら、割とすんなりできました。 これは霊性云々よりも、意識してやるかやらないかだけのことではないかということに気づきました。 その後、これまで蓄えた知識を元に、今のやり方を見出しました。 といっても、出展はほとんど平井和正の小説になります。 たかが小説、と思う方は読まれなくてもけっこうですけど・・・。 私のやり方はこうです。 神の光の中継器であることを意識します。 脳裏に神の光、根源的な神のイメージとして、光の玉をイメージします。 人格神を超えた、さらに高い所にいる神は、もはや人間の形をとらず、光の玉となるという考えからです。 霊界の太陽というイメージです。 神様の名前を唱えるよりも、このほうがイメージ化をしやすいと思いますし、効果は高いと思うので、そうやっています。 この光の玉は、特に映像化できなくてもかまいません。 それがあると考えればいいわけです。 熟達するごとに、光球の映像化が出来るようになると思いますし、できなくても別に問題はないと思います。 その霊界の太陽から光のエネルギーを受け、それを手のひらから放出するイメージを持ちます。 このときに、手のひらに軽くビリビリする感触がくれば、エネルギーが放射されているのを実感できると思います。 手のひらを自分の体のほかの部分に近づけると、体温の放散とは違った温かみの放射を感じられると思います。 私の場合は、本当に微妙な、しかし、確かに感じられるやわらかい温かみと表現できるでしょうか。 これがヒーリングのパワーだと認識しています。 レベルが上がれば、もっと物理的な作用を現わせるかもしれません。 このパワーを患部に直接放射して癒すのがヒーリングと呼ばれる行為になるわけです。 患部の近くに手を置くと、エネルギーを吸われるような、手のひらが冷たくなるような感覚があると思います。 ほかの部分と比べると、冷たくなる感覚、エネルギーが吸われる感覚が明らかに違うので、わかると思います。 病気になって波動が落ち、エネルギーレベルが下がっている患部が光のエネルギーを吸っているので、そのような感覚となって表れるわけです。 ここに十分に光のエネルギーを入れてあげれば、エネルギーレベルが上がり、自ずからよくなるというのが、ヒーリングによる癒しの原理ということになります。 ほかのやり方は知らないので、このやり方との比較は出来ません。 神の光の中継器になると考えることで、個人の能力を超えて、無限に光(=エネルギー)を供給できるようになるというのは、このやり方の優れた点ではないかと思います。 それと同時に、特別な技法を覚える必要もなく、使えるようにするための儀式もなく、誰でも、効果の多少はあれど、使えるようになるというのがポイントだと思います。 ハードルとしては、個人の集中力や意識の高潔さ清廉さに、かなり効果が左右されるところでしょうか。 神の光のパワーは変わらなくても、途中の中継器で受け取ることが出来なければ、大きなエネルギーは届かない道理です。 気休め程度で終わるか、ある程度の効果が出るかは、ヒーリングを行う人の能力によるわけです。 もうひとつのハードルは、受ける側の精神状態と精神性です。 ヒーリングを受ける側が信じなければ、光は入りづらいでしょう。 意識が低ければ、これもまた光を受け入れづらいと思います。 キリストのように、どんな人でも無理やりに(笑)治してしまえるだけの超絶的なヒーリング能力を獲得するためには、大きな光を伝えられるだけの、相当に高い精神性が必要になるわけです。 このやり方は、自己ヒーリングにも応用できます。 古神道には自(霊)拝という行法があるそうですが、それと通じるものがあるかもしれません。 また、自己ヒーリングを応用すれば、例えば、ヒーリングを受ける側にも光の玉のイメージ化と光を受けるイメージを想起させ、そして術者が同時にヒーリングを行うことで、ヒーリングの効果が相乗的に高まることが期待できます。 最初はヒーリングの効果が顕著に表れないかもしれません。 しかし、弱い光しか入れられなくても、長い時間やれば、エネルギーの総量はかなりになるわけです。 また、何度もやることで熟達し、より大きなエネルギーが入るようになるかもしれません。 今の時代に生きている日本人なら、基本的には誰でもヒーリングを行う能力があると、私は思います。 やれるかやれないかは個人の思いにかかっています。 出来ないと思うか、出来ると思うか。 自分で限界を作るか外すか。 これだけの問題だと思います。 スピリチュアル系のサイトなどを見ていると、ヒーリングをやるときは、自分の心身がある程度高いレベルにないと、ヒーリングを行う相手のマイナスのエネルギーを受けて心身を害する場合があるようです。 家族や近親者の場合は問題ないようでもありますが、そのようなリスクがあるらしいということは、一応書いておきます。 (20.02.02) (20.02.24 最終更新) |
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