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| 前世療法(1) セッションを受けるまで | |
○決心 フラフラ病がどうしても治らない私に、母がある日声をかけました。 「前世療法をやってみたら。 お金は出すから。」 この言葉にピピッと来た私は、それでも数日考え込んだ挙句、前世療法を受けてみようと決心しました。 なぜ数日間逡巡したか。 サイト内の他の項で書いているように、心霊現象に苦しめられ、先祖霊によって、絶対に居たくないと思って出た土地に引きずり戻され、という体験を重ねてきた私は、その当時、精神世界から離れようと考えており、母親が熱心に読み、しきりに私に勧める精神世界に関する本を片っ端から拒絶し、不愉快な目にあわせてくれた先祖達を呪詛し、思うように病気が治らず、仕事も見つからない状況に半ばふてくされながら、日を消していくようにダラダラと毎日を過ごしている状態でした。 何かを変えなければと思いながら、なかなか踏み込めない、しかし自分を取り巻く状況を見ると絶望的になり、早くこの土地を去りたい、何とかしてフラフラ病を治してこの土地を出て、もう二度と引き寄せられることのないように、永久にこの土地には近づかない、そんなことのみを願うといった状態で、精神世界からできる限り離れようとしていました。 そのため、前世療法という、スピリチュアルなイメージのある(というかそのものの)アプローチにはどうしても抵抗感がありました。 しかしながら、フラフラ病は一進一退を繰り返し、一向に治る気配がありません。 何かしなくてはならないという焦燥感が募ります。 気持ちは、前世療法を受けてみてもイイかな、という方向に傾きつつありました。 私の誕生日が数週間後に近づいていたことも、ポジティブな選択をしようという気になった一因です。 以前、40歳を機に人生が大きく変化するという啓示を、その経緯は完全に忘れましたが、得たことがあります。 その啓示は、40歳以後、運勢が大きく開け、私は経営者になるというものでした。 私の40歳の誕生日は目前なのに、現在の状況は最悪。 経営者になるなど、全くおぼつかない、空想することすら難しいような状況に、何かアクションを起こさなければ変化は生じない、という思いが生まれていました。 フラフラ病については、発症して数ヶ月後のある日、治るには3年ほどかかるというインスピレーションを得ることがあって、それでも少しでも早く治そうと、いろいろとやってみたけれどもなかなかうまくいかずに時が流れ、この12月で発症して3年を迎えることになります。 現状の延長線上で12月を迎えても、治らないのではないかという懸念が、さらに私の背中を押します。 そして私の背中を決定的に押したのが、前世療法の大家というか、そのメソッドを初めて世に出した人物である、ブライアン=ワイス氏の近著、「未来世療法」でした。 過去に「前世療法」、「前世療法2」を母が買っていて、私もそれを読んで大きな感銘を受けたことがありましたが、内容はほとんど忘れてしまっていました。 ある日、母が買ってきたその「未来世療法」を何気なくパラパラとめくったところ、その面白さに引き込まれてしまい、拾い読みのつもりだったのが、気がつくと結局、全章を読破してしまっていました。 全体の半分ほどを読んだ時、前世療法で治るのではないか、治るのであればスピリチュアルなアプローチでも構わないのではないか、という思いが生まれ、そうなると今度は居ても立ってもおられず、前世療法を受けることを決心しました。 ○セッションを受けるまで。 前世療法を受けることを決心した私は、それを行ってくれるところを探し始めました。 インターネットのお陰で、豊富な選択肢を得ることができます。 大阪近郊に絞って探します。 それでも多くのサロンというか、ルームというか、やってくれるところが検索エンジンにヒットしました。 選択に入ります。 まず、女性のセラピストが絶対条件でした。 前世療法にしろ、催眠療法にしろ、セラピストに自分の秘密を話さなければなりません。 実際には、どうしても話したくないことは話す必要は無かったのですが、それでも私の場合、同性に自分の秘密をさらけ出すのはどうしても嫌でした。 いろいろとえげつない遊びを繰り返していたこともありますし、どうしてもいえないこともありますし・・・。 もう一つはセッションタイムが長時間であること。 90分のセッションタイムを設定しているところも多かったのですが、私の場合、遠方から出ていくため、回数を重ねるということが出来ません。 一発勝負と考えるなら、カウンセリングもセッションも中途半端になる恐れのない、長時間のセッションタイムを設定しているところに行こうと考えました。 そうやって選んだのが、今回お願いしたセラピールームです。 3時間のセッションタイムを設定していることが決め手になりました。 ここにお願いしたことが結果的に大正解になりました。 しかし、セッションを依頼するメールをいつ書こうかと考えていた私の体に変調が起こりました。 ある朝、左肩甲骨の裏側が痛み出したかと思うと、時間の経過とともにどんどん痛みが募り、その夜には、寝ても起きても激痛が走るという状態になりました。 さらに痛みは胸椎にも及び、息をするのも痛いという状態にまでなってしまいました。 神経系の痛みのように感じられたので、病院に行くことはせずに、できるだけ横になっていましたが、仰臥しても痛み、かといって寝返りを打とうとすると激痛が走り、痛みと戦いながら、体を横に向けるだけで15分以上かかる体たらくでした。 しかしなぜか、この痛みは、治ろうとする体の反応ではないかという気がしていました。 フラフラ病を治そうとかかった、ある接骨院で、胸骨がずれているといわれ、その治療師は治そうと奮闘してくれたのですが、場所が場所だけにずれを治し切れず、そのままにされたということがあったことが一つ。 もう一つは、肩こりが左肩だけにあり、左肩を回すとゴリゴリという感覚があったりと、左肩に異常を覚えていて、これと左側頭部の圧迫感、ひいてはフラフラ病との関連を疑っていたことがあったため、前世療法を受けることを決心した私に体が反応し、ずれた骨格を矯正しようとしているのではないか、そんなことを考えながら、私は激痛に耐えていました。 翌日、かかりつけの整形外科を受診しました。 症状を説明すると、医師はレントゲンを撮るでもなく、注射を一本。 馬にでもするような大きな注射器でやっていただけました。 まあ、私の干支は丙午じゃーあるんですけどね。(~_~;) しかし、痛みは治まりません。 思いついて、痛風に備えて大量ストックしてある鎮痛剤を飲んでみると、これが結構効き、それで幾分かは楽になりました。 1日空けて再度受診します。 医師は、注射が効かなかったこと、鎮痛剤が効いたということに首を傾げます。 今回、処置はなんも無しでした。 医師に対する信頼感が・・・。 結局、一週間ほど痛みに苦しんだ後、なんとか移動ができるかというレベルまで痛みが引き、セラピールームにセッション希望のメールを出しました。 メールには現在の症状を書き、前世に原因があるか否か、そのスクリーニングのために前世療法を受けたいと、今から考えると少々高飛車な内容を書きましたが、返ってきた返事は丁寧なもので、そのメッセージの柔らかさに感激しました。 HPを見ると、セッションの希望日時は、第3希望まで書くようにとあったので、第1、第2希望は1週間先の日にちを2日連続して書き、まず、ここで決まることはないだろうと思った第3希望は、自分の誕生日を書きました。 返ってきた返事は・・・ 第1、第2希望は共に時間が合わず、まさかないだろうと軽いノリで書いた、第3希望の誕生日なら可能だとあったのです! 何たること・・・。 私は思わず軽く身震いしました。 大きな変化があると啓示を受けた40歳の誕生日に、前世療法のセッションを受けることになるとは・・・。 フラフラ病がある種のプログラムだったのではないかという思いを新たにしました。 そして、予約を確定するセラピストからのメールにあった、「セッションはすでに始まっています。」とのメッセージに深く頷いた私は、セッションをよりよいものにするべく、前世療法について出来る限り勉強することにしました。 ブライアン=ワイスの著作を再度読み返すことにした私は、「未来世療法」を読み切ると、「前世療法」を読み、次いで「前世療法2」を読み返しました。 そしてネット上での前世療法に関する記述は、目に付く限り読みました。 それらから得た知識は、 ・必ずしも全ての人が明確なイメージを得られるわけではなく、触った感触や臭いで あったり、視覚以外の感覚を得ることも多いということ。 つまり、必ずしも映画を見るかの ようなイメージを見ることができるわけでなく、それを見ないといけないなどと、 強迫観念のように意識する必要がないこと。 ・現在の病気が前世で受けた傷などに起因する場合、その前世を体験するだけで 劇的に良くなることが多いこと。 ・退行催眠で見た前世が、本当の前世であるか否か、それは大きな問題ではないということ。 催眠療法の一テクニックとして前世療法は位置付けられているようで、今の人生を退行して 心の傷を探る年齢退行催眠に対して、前世という、現世とは切り離された世界でのことを 体験することで、被術者が受ける精神的なダメージ(知られたくない秘密の開示や、 自己を守るためにあえて忘れてしまっていた忌まわしい記憶の再認識など)を軽減でき、 年齢退行よりも前世退行のほうが、催眠療法のメリットを多く享受できると考えられること。 ・イメージが見えない場合、適当に作ってしまっても別に構わないということ。 乱暴に聞こえるかもしれないが、適当に作ったものも、実は潜在意識からの働きかけの 影響を受けており、退行催眠のテーマに沿ったものであるといえるから、イメージが 見えたり、感じたりできない場合は創作も可なり、ということであった。 もう一つ、そうすることで潜在意識から投影されるイメージを受け取りやすくなると いう効果もあるようだということ。 ・前世療法を始め、催眠療法で体験する催眠状態は、テレビで見るような催眠術とは 全く違い、自分の意思に反して何かをさせられたり、言いたくないことを言わされたり することはないということがわかった。 催眠下においても自分の意識は完全にあり、自分の意思で話すこと、話したくないことを 判断でき、前世のイメージも、現在の自分の意識で認識し、批評できるということ。 このような知識を事前に仕入れておいたお陰で、実際のセッションで、映画のようにイメージが見えることがなくても、焦ったり、ひどく落胆したりということはなく、セッションを通じて多くの情報を受け取ることができました。 催眠下においても自分の意識が持続し、判断できるということは、プライバシーをあけすけにすることを嫌う私にとっては大きなことでした。 一応、自分の秘密を全て話してもよいつもりではいましたが、それでも話したくないことというのはありますから。 また、「前世療法2」で頻出した癒しの白い光は、自分でも試しにやってみたところ、そこそこの効果がありました。 それを想起している間は頭の中の圧迫感がちょっと楽になるのを感じ、セッションへの期待感が高まりました。 また、セラピストがどんな感じの人なのか、観法を試してみることにしました。 意識を集中し、まだ見ないセラピストの容姿を想像します・・・・なぜか、高校の時の古文の先生の顔が脳裏に浮かぶんです・・・。 中年の、メガネをかけた小柄な女性の先生でしたけど・・・。 失敗か? いや、セラピストのビジョンが、すでに知っているビジョンの中で一番近いものにすり替わったのではないか、と考えた私は、それ以上のセンシングをやめ、セッションの日を楽しみにすることにしました。 セッションの前日。 左肩の痛みは、一時よりは良くなったとはいえ、未だ残っていて、翌日のセッションルームまでの長距離の移動に一抹の不安感を抱かせるものでした。 そのため、前夜から痛み止めを飲み、万が一にも左肩の痛みによってセッションを受けるのを断念することがないように備えました。 寝入ろうとすると・・・ 全然眠れない。 日中、昼寝してしまったのが堪えたのか、日付が変わり、深更になっても全く眠りにつける気配がありませんでした。 致し方なく、少量の酒を飲んだりしましたが全く無駄で、結局明け方近く、4時前にやっと眠れたかと思うと、5時過ぎには目が覚めてしまい、一時間強の睡眠時間しか取れませんでした。 催眠中に睡眠してしまったらどうしよう、なんてシャレにもならない不安感が頭をよぎりますが、眠れないものは仕方がない、高速バスの中ででも寝ればいいや、と思い切って、それ以上の睡眠をとる努力を放棄して出発のときを待ちます。 そして出発。 JR、高速バスと順調に乗り継ぎ、高速バスの車内でホッと一息、さー寝よーと思ったのもつかの間、隣の席に相客が座りました。 この男がやかましいのなんの、ひっきりなしに扇子を扇ぐ、新聞はガサガサと音を立てて、目一杯広げて読む、身じろぎはひっきりなし、とこちらの神経を思いっきり逆撫でしてくれます。 寝るどころではありませんでした・・・。 その後の列車の中でも座れはしたものの、寝ることは叶わず、催眠療法になるか睡眠療法になるか(笑)、かなりの不安を抱きながらセッションルームへと向かいました。 ○セッション〜カウンセリング 地図を手にたどり着いたマンション。 約束した時間になるまで、近くで時間をつぶし、5分前にドアの前に立ちました。 チャイムを鳴らすと、返事の声とともに、特に誰何されることもなくドアが開きました。 出てこられたセラピストの方は、HPで書いてられるように中年の女性。 観じた通り、メガネをかけてらしていました。 身長だけは予想とは異なり、165cmぐらいと、年代を考えると大柄な方だったのにはちょっと驚きました。 しかし、物腰は非常に柔らかです。 にこやかに招じ入れられ、セッションルームに通されます。 1Kの部屋をセッションルームとして使われているようですが、何となく雰囲気がいいと感じました。 そこかしこに絵が無造作に立てかけてあるのが目に付きます。 観音様?菩薩様?仏教系の知識のない私には判別がつきませんでした。 でも、雰囲気はよく、落ち着ける空間だと感じました。 今から振り返ると、清澄さがあったように感じます。 テーブルを挟んで椅子に座り、セッションが始まりました。 まずは、カウンセリングです。 最初に、前世療法を受けたいと思うに至った原因がめまいとふらつきであることを確認しました。 その経緯を話すようにいわれ、二年半以上前、高速道路で車を運転中に突然遠近感を失い、相当に怖い思いをしたこと、メガネの問題かと思い、メガネを変えても状況は変わらなかったこと。 そのうちにだんだん症状がひどくなり、階段の上り下りがつらくなり、手すりにつかまらないと階段が使えなくなり、その状態が数ヶ月続いたこと。 脳外科にいき、CTスキャンを撮っても原因がつかめなかったこと。 実家に帰っても数ヶ月間、症状はよくならかったが、ある整形外科に行き、リハビリを受けるようになってからよくなってきたように思ったが、また症状が戻ったりして、回復への希望が持てない状況であることなどを話しました。 さらに、実家に帰ってから霊能者のところに行ったことがあり、そこで見てもらったところ、母方の先祖霊が引き寄せていて、実家のある土地に戻ってくるように、そして、実家を離れていた私が仕事や就職で失敗するような選択するよう、先祖霊達が仕向けてきていたということを聞き、そのときは納得したが、後で考えてみると、祭祀を行うべき男子(叔父)がいるし、私の父親も次男なので、私自身は長男とはいえ、私が先祖のまつりごとを行うのはどうにも納得できないと感じていることを話しました。 そして、発症の前後にストレスを受けたことがないかと聞かれ、発症の2ヶ月前までは飲食チェーン店でマネージメントに携わっていたこと、当時の社長のたっての望みで会社を移り、新事業に従事したこと。 当時の上司が最悪で、私に対しては抑え付けを図り、私の進言を封殺して自らのアイディアにこだわり、結果として事業の失敗を招いたこと。 上司を含め、スタッフは三人いたにもかかわらず、まともに仕事をしたのは私一人だったこと。 交際費を私の財布から出させて数万円もの金額を未払いのままにされ、上司は退職時にそれを払うと約束しながら、全く支払わなかったこと。 社長にかわいがられていた私に対し、周囲は嫉妬心からひどく冷淡であったこと。 自席で仕事をしていると、空調の関係で後頭部に温風がかかる状態になり、身体に不調が生じるのを恐れた私が苦情を言っても、全く対処してもらえなかったこと。 会社が傾くと、私の存在が煙たい連中の画策により解雇されたこと、などを話しました。 さらに、生い立ち、両親との関係を話してくださいといわれ、自分の目から見た生い立ちを話しました。 私を生むまでに母が何回か流産を重ねたこと。 私が生まれるとき、祖母は近くの神社に日参し、母は霊能者の勧めに従い、あるお寺の観音像にお供え物をし、下げた後にそれを食べる、ということを繰り返して、やっと私が生まれたこと。 弟妹が生まれると、母の関心が専らそちらに移っていき、母には下の子だけがかわいいと思う傾向があったこと。 自分だけが怒られるということが頻繁にあったこと。 長女であった母も、祖母から同様の扱いを受けてきたと聞いていること。 弟妹との関係は最悪で、よくいじめたり、喧嘩したりを繰り返してきたが、成長して同居しなくなってからは関係は比較的よくなったこと。 父親には知識を与えてくれたことにたいする感謝の念が強いことなどを話しました。 さらに、戻った実家では、かなり頻繁に心霊現象に見舞われていて、先の霊能者に聞くと、この土地がかつて墓地だったといわれ、2つそれに関わる品が出てくるといわれて、リフォームのときに卒塔婆が一つ見つかり、もう一つ見つかるかと思って探しても見つからなかったこと、別の霊能者のところに行って、ある霊物を買い、それを置くことでなんとか心霊現象の発生が治まっていることも話しました。 セラピストは、まず、胸から上の病気は、原因がつかめない場合、心の問題であることがほとんどであるといいました。 そして、潜在意識と顕在意識の関係を紙に書いてくれました。 ピラミッドを書き、その頂点付近に乗っかっている、わずか3〜5%が顕在意識で、残りの90%以上が潜在意識だということです。 その90%以上を占める潜在意識の影響は大きく、顕在意識下で問題が無くても、潜在意識に問題があれば、必然的に顕在意識への影響が出てくるというのです。 私の場合は、幼少期に母親との関係の構築がうまくいかなかったことが遠因になっているということがまず遠因としてあり、私は潜在意識の要請に従って、母親との関係を再構築するために帰ってきていて、実家に帰ってきてから母親をよく手伝っていることを、そのように母親と協同で作業をすることで、満たされなかった幼少期の自分を充足させているのだと説明されました。 父親との関係については、情緒面での影響が大きい母親に対し、父親は知識、尊厳という面での影響が大きいため、私と父親との関係は悪くなかったのだと説明され、それにも納得がいきました。 仕事面では、私のように穏やかで内向的なタイプは頑張りすぎる傾向があるということを聞きました。 うまくいかないとき、自分が頑張らないからだと思う傾向があり、うまくいかないとさらに頑張ろうとし、どんどん悪くしていってしまうということです。 これまでも頑張ってきてストレスを溜め込んできたところに、ひどい環境で仕事したために過大なストレスがかかり、発症したのだというニュアンスのことを言われました。 ここでさらに頑張っていたら、もっとひどい状況になっていたかもしれないということで、実家に帰ってきたのはよかったと言われました。 そして、溜め込んだストレスと、幼少期のストレスと、それらを治すために母親と一緒に生活し、母親に負担をかけたり、いっしょに作業をやったりすることを無意識のうちに選択したのだということでした。 そう説明され、実のところ、その選択をしたことがよかったかどうかずっと悩んできた、実家に帰るという選択をしたことを、潜在意識のなせる業だと知り、納得できました。 現況についての話になり、仕事に就くことが出来てないということを言い、なかなか就職先も無く、外に出ることも叶わないので、最近は専らネット上で稼げないかとHPを作ったりして悪戦苦闘しているというと、セラピストは、それではあなたの願い、本当にやりたいことはなんですか、と聞いてきました。 しばらく考えた後、私は胸に秘めていた思いを話しました。 今までひどい会社やひどい上司に対してきて、嫌な思いをすることが多かったこと。 組織運営のやり方、組織の作り方が間違っていると指摘したくても、雇われの身では、所詮、言えることにも限界があり、自分だったらこうするのに、何でこんなことしか出来ないのかという思いが募り、自分だったらこうする、自分だったらこうしたいという思いを具現化できる、自分の理想とする組織を作ってみたいという思いが強くなっていること。 しかしながらお金も無く、ノウハウも無い状況ではどうにもならず、ネット上で悪戦苦闘しているということを話しました。 セラピストは、しばらくは頑張らないように、ストレスを溜めないように、自分の好きなことをやっていたほうがよいといわれ、そのうちに良くなってくれば、いっときの生活費を得るために働くとか、自分の好きなことをするために働く、という選択が出来るようになるといわれ、その言葉で一気に精神的に楽になりました。 さらに、コンサルティングを望む人は多いので、そのようなこともやってみたらいいのでは、と続けます。 これが、私が言葉に出さなかったもう一つの願い、飲食店に対するコンサルティングを指しているのが明確にわかったので、私は瞠目しました。 このセラピストは、どうやらテレパシーを持っているようです。 過去に飲食店のマネージメントに携わったことがあり、制約の多かった中で、恐らく余人に出来ないような業績を上げ、その後も飲食店に入ると、店内をチェックしたり、経営状態を推察したり、改善策などを考えるたりと、飲食店マネージメントの勉強を続けてきました。 それを、こちらが言わずとも指摘されたので、私は少なからず驚き、この方がテレパシーで読んだのだと感じました。 以前にもそのような霊能者にあったことがありますし、全てさらけ出してもかまわないと思って来たので、不快感などはありませんでした。 セラピストもその力をなるべく表に出さないようにしようとしているように感じました。 セラピストのいう言葉以外にも、言外の意味というか、黙示されているものが何となくわかることがいくつかあり、それも考えてみれば不思議な経験ではあります。 やはり、精神的な感応があったのではないかと考えています。 先祖霊が実家に引き戻すよう、引き戻すようにしていたことについては、霊は、意識体であるがために、相手が長男だとかそうでないとかいうことはわからないのだといい、例えてみれば、灯台に船が集まるように、光り輝く人間に、吸い寄せられるように集まっているに過ぎないというのです。 私には先祖霊達が頼ってくるだけの力があるのだから、望むことをしてあげてやってくださいといわれました。 何をと聞くと、私の心のままにということでした。 私ができることを、というニュアンスのように受け取りました。 そして先祖を供養してあげれば、時期がくれば、どこに住むことも出来るようになるということも併せて言われました。 先祖達が癒されれば、お役御免になる日もあるということなのでしょう。 実家で頻発する心霊現象については、先祖霊と同様、それを解決するだけの力のある人間に訴えかけているのだということ、抑えこんでも、さらに強い力で訴えかけてきて、いたちごっこのようになるということ、また、人間の歴史は何千年もあり、その間には、どこの土地でも戦乱があったり、墓地であったりした可能性はあり、もし、その土地にとどまっている霊などがいたら、それを癒してあげることが出来るのは生きている人しかいないということ、人間の歴史をさかのぼっていけばみんな遠い親戚にはなるので、他人事と思わないように、というニュアンスのことを言われました。 かつて、霊能力のある人に私が霊媒体質だといわれたことと重ね合わせると、少年時代から心霊現象が起こっていたことも得心がいきます。 しかし、何とも重たい、面倒な仕事を背負わせてくれるものだと、今になって思うこともままありますが、そのときは、高揚感が私の心を支配していました。 私の持つ力については、他の霊能者からも指摘されたことはあります。 いい先祖がいると指摘されたことからその話が始まっているように感じたので、力があったとしても、それは先祖のお陰のように受け取っていました。 確かに、自分が大きな力を持っていて、それゆえ先祖霊が頼ってくるのだと、そのように考えて悦に入っていた時期もありましたが、増上慢に陥っている自分に気付き、そのような考えを打ち消しました。 そして、もし私に力があるならば、それは有力な先祖のお陰であり、そうであるならば、私の兄弟やいとこ、親類連中も条件は等しいはずであり、私自身が特別な力を持っているわけではないと自分に言い聞かせて、増上慢に陥らないように戒めていました。 そして先祖霊に対しては、何も私に寄りかかってくる必要はないはずで、自分に来るのはおかしいと、先祖に対する怒りを募らせていました。 今回、このような形で自分の力を指摘されたことで、私は自分を卑下し、逃避を図れる逃げ場が無くなったように感じます。 自分の力を正当に評価し、出来ること、要請されていることを逃げずにやるということを求められているのだと感じています。 そして、私のオーラを見てもらいました。 私のオーラはオレンジに黒がかかったようなオーラで、見るからに弱っているように見えるそうです。 そしてセッションに、オーラの浄化を入れていただけることになりました。 ひととおりの話が終わると、それではセッションを行いましょう、と言われ、長い時間になるのでトイレに行って来るようにと促されました。 ここまでで約1時間が経過していました。 90分とかのセッションタイムでは、とてもここまでのカウンセリングは受けることが出来ません。 すでにカウンセリングだけでも相当に、私にとっては貴重なことを教えて頂きました。 (18.08.29) (最終更新 19.11.02) continue to 前世療法A セッションとその後 Heart Search
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