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| 前世療法(2) セッションとその後 | |
○セッション〜前世退行 トイレに入ります。 普通のユニットバスでしたが、盛り塩をしてあるのが目に入りました。 盛り塩。 頭をガーンと殴られたような気分です。 私も心霊現象が頻発したとき、霊能者に勧められて家の各所に盛り塩をしましたが、トイレにすることはさすがに考えが及びませんでした。 しかし、こうして目にすると、ここに置くことの絶大な効用がよくわかります。 不浄の空間を清めるのに盛り塩を置くのですから、トイレに置くというのは理に叶うというのがわかり、ガーンとやられたわけです。 脱兎の如く、とまではいきませんが、勢い込んでセッションルームに戻ると、部屋は薄暗くされ、いかにも催眠を行うのだという雰囲気がありました。 ちょっと面食らいながらも、トイレの盛り塩について聞くと、塩は浄化する効果があるからと、サラッといわれました。 うーむ、ちょっとした気付きが出来る人がうらやましく思えます。 促され、部屋の中央に置かれたリクライニングチェアに体を埋め、オットマンに足を載せます。 「いつも家でいるように楽にしてください。」と言われ、腰の位置を前にずらしましたが、やはり多少の遠慮があり、背もたれに頭をもたせかけるまではずらせませんでした。 これが少々失敗しました。 セラピストが毛布を掛けてくれ、冷房に弱い私は助かりました。 いよいよセッションが始まります。 セラピストがセッションの開始を厳かに宣言した後、目を閉じるように言い、私は目を閉じました。 深呼吸を繰り返すよう言われます。 鼻から吸い、口から吐く、この繰り返しですが、吐く時に体内に溜めこんだ毒を吐き出すのをイメージするようにいわれます。 3度、4度と繰り返すうちにだんだん体もリラックスしてきます。 深呼吸を促す声がしなくなってもしばらく深呼吸を繰り返していると、リラックスしていると見て取ったセラピストが次の段階に入りました。 「それでは、頭上に白い光をイメージしてください。 その光はあなたを癒す光です。」 こんな意味合いの言葉を、ゆっくりした、柔らかい口調で言われます。 あ、ブライアン=ワイスの「前世療法」にもあったな、と思いながら、必死に白い光をイメージします。 「前世療法」三部作を読んだ後、試しにこのイメージングをやってみて、そこそこの効果があったので頻繁にやっており、比較的に楽な作業でした。 なんとかイメージできたかな、と思うころ、セラピストが沈黙を破ります。 「さあ、その白い光が、あなたの体へと降りてきて、あなたを癒します。」 あ、これも「前世療法」にあった、と思いながら、必死についていきます。 うーん、なんか楽になったような気もするし。 「そして、その白い光が、あなたのつま先を包みます。」 むむ、これは勉強してないぞ、と思いながら、それでも必死に食らいつきます。 「そして、その白い光が、あなたのふくらはぎに向かいます。」 だったかな、ちょっとよく覚えていないけど、ふくらはぎを癒すんだ、と思い、同時に、それは「前世療法」三部作での予習の範囲外であることに気付きました。 もう、半ばパニックです。 戸惑いながら、それでも必死にイメージします。 すると、光が来たのはイメージしにくかったのですが、何となくふくらはぎがビリビリ痺れるような感覚が起こってきました。 これが催眠の効果というか、イメージの増幅効果があるのでしょうか。 ちなみにこの時点では、意識は完璧にはっきりしていて、何か制限がかかったりとか、思考の幅が狭くなったりとか、そういうことは一切ありませんでした。 セラピストの声に、あ、次はこうするのか、などと、主体的に考えてイメージをしていきました。 もちろん、その気になれば目を開けることも出来るし、体を動かすこともできます。 私はあまり腰を前にずらさなかったために頭のもたせかけが十分でなく、首を少し動かしたりして、首がこるのを防ぎながらセッションを受けてました。 さて、ふくらはぎの痺れを感じ、今度は太股かなーなどと思っていると、今度は仙骨に意識を向けるようにいわれました。 いわゆる尾てい骨です。 ここにチャクラがあることは、知識としては知ってましたが、イメージングするのは初めてです。 オレンジ色、だったかな、ピンポン玉くらいの小さな光の玉がスクリューのようにくるくると回っています、そうイメージしてください、という内容のことを言われましたが、パニックは加速します。 あ、これはチャクラの活性化をやってるんだ、と頭ではわかっても、イメージ力の貧しさか、なかなかうまくいきません。 えげつない遊びを数々やってきたためか、セクシャルな方向に向いてしまうのを抑えながら、必死にイメージしますが、なかなかうまくいきません。 セラピストは、うまくいきそうもないというのを見て取ったのか、次のチャクラに誘導します。 次は丹田です。 ここも苦手なポイントです。 幼時の開腹手術の影響か、自分でイメージするときも、ここはうまくいきません。 しかし、ここで音を上げては、セッションをやってもらってるセラピストに申しわけなく、必死にイメージしました。 けれど、なかなかうまくいきません。 気持ちはどんどん焦ります。 セッション全体がうまくいかなくなるのではないか、そんな強迫観念にも襲われ、体にも力が入ります。 いい加減、体に力が入ったな、などと思ったとき、ふっと、具体的にイメージができなくても、リラックスしたほうがいいんだ、という考えが頭をよぎり、気分的に楽になりました。 イメージングの努力はもちろん、続けていましたが、絶対やらなければ、という強迫観念から解放され、やってみようじゃん、という感じの軽い気持ちでイメージングを出来るようになり、気持ちが随分と楽になりました。 ここでのイメージングも終わり、続いてみぞおちに移ります。 この辺は楽勝です。 相変わらず、光はイメージし切れませんが、意識の集中はできました。 ザワザワッとした感じで、エネルギーの集中を感じます。 イメージする光がこの辺から白い光に替わったような気がします。 続いて胸椎。 ここも比較的容易です。 ここではスクリューの如く回る白い光の回転体がかなりのレベルでイメージできました。 さらに、チャクラの活性化はのどに移ります。 ここがまた、私の苦手なポイントです。 イメージングは比較的容易、しかし、何やらざわついたものがのどにまとわりついて不快極まりないということが度々あって、なるべく意識を向けないようにしているポイントです。 ヤバイなー、なんて思いながら、イメージングします。 ここも、イメージングは容易でした。 しかし、恐れていた通り、ザワザワがのどに生じて、なんとも不快です。 オーラからそれを読み取ったのか、セラピストが声をかけてくれました。 「のどについてる悪いものを、手で取っちゃってください。」 はぁ?いいんですか?と思わず言ったような気がします。 催眠下にあっても自発的に手を動かしてもいいものか、逡巡を覚えました。 セラピストに重ねて促され、手を動かしてのどに持っていき、へばりついたザワザワを取っ払います。 手はフツーに動きました、ちなみに。 取っ払うのはあくまでもイメージ。 何か悪いものの固まりがのどにへばりついてるとイメージして手をそこに持っていき、むんずと掴んで取っ払いました。 何回か繰り返し、楽になったところでやめると、しばらくして、今度は眉間のチャクラに移ります。 ここも楽勝。 というか、以前から瞑想時など、ここが活性化されるのを度々感じていましたので、このチャクラは意識するまでもないぐらいでした。 そして、最後のチャクラ、頭頂部に向かいます。 ここは苦手です。 「できる君」から「できない君」に逆戻りして、苦心しながらイメージしてました。 7つのチャクラ全ての活性化を終えると、再度、頭上に白い光をイメージし、その光が全身を包みこむようにイメージするようにいわれました。 「卵のように、光が全身を包みこみ、癒していきます。」 とのガイダンスに従い、それをイメージします。 心なしか、体が楽になったような気が。 しかし、不自然な姿勢になった首が痛み、ちょっと首を動かしたりしてて、これでもう一つ深い所に入れないかも、もっと楽な姿勢をとってればよかった、失敗したかも、などと思っていました。 しばらく時が流れた後、 「今、あなたを癒している光は、これはあなたのオーラですが、何色に見えますか。」 難しい質問をしてきます。 考え込んでいると、重ねて同じことを聞かれました。 そんなこといわれても見えないし、と思いながら、進退窮まった私はなんとなく、白かな、と思い、 「白、ですか。」 といったように思います。 しばらくの沈黙の後、セラピストは、 「あなたのオーラは、青色です。」 と言いました。 はぁ、青ですか。といったか、いわないか。 自分では緑か白か、と思ってました。 夜、暗い中で自分の手を見ると、周りに白いオーラが出ているのは、霊能者に会って以来、よく見ており、それと好きな色が緑なので、そう思ったのですが、セラピストは青だといいます。 意外な気がしました。 アフターセッションでは、この色のオーラの意味するものを聞いて、さらに驚きましたけど。 こうしてチャクラの活性化と全身の浄化が終わり、いよいよ本題の前世退行に入ります。 「それでは、あなたの、めまいとふらつきの原因となっている、前世へと向かいます。 目の前に白い雲が見えます。 その雲が、あなたの前世です。 5つ数えると、その前世に入ります。 5,4,3,2,1,今、あなたは前世に入っています。 何が見えますか。」 このイントロダクションは正直にいって、あまりよく覚えていません。 カウントダウンをしたかどうか、雲をイメージしたかどうか、定かに覚えていません。 この辺りは、ブライアン=ワイスの本の内容と錯綜してるので、よく覚えていないので、こんな感じだったかな、というのを、(たぶん)空想を大いに交えて書いてます。 とにかく、どうにか前世に入っていったはずの私ですが、何も見えません。 焦ります。 「何も見えません。」 「では感じてみましょう。 どんなところにいますか。」 「・・・。 見えなくてもいいんですか。」 「ええ、大丈夫ですよ。どんなところにいますか。」 確かにブライアン=ワイスでも見えない場合もあると言ってました。 感じてみようと思い、必死に探ります。 そのとき、何となく杉林の中にいるようなイメージがありました。 イメージ、といっても夢で見るようなやつでなく、空想するときに思い浮かべる、漠然としたイメージに近い感覚の、おぼろげなイメージです。 「んー、草むらかな。 ・・・杉林にいるような気がします。」 「どんな格好をしてますか。」 「・・・雲水かな。 笠をかぶってますね。 袈裟を着ている?わからない。 尺杖を持っている。」 「いくつぐらいの人ですか。」 「・・・50、いや、45ぐらいかな。」 「足は何を履いていますか。」 「・・・足袋かな。」 こんな感じでやりとりが続きます。 「いつ頃ですか。」 「・・・400年前、いや、600年かな。」 「その場所はどこですか。」 「・・・紀伊かな。」 足袋というのはたしか、近代の履物なので、もし400年ないし600年前ならばおかしいということになります。 この辺りはイメージの話なので、知らないものが出てきたとき、知っているものに置き換えるということが起きたのかもしれません。 時期、場所などについては、何となくわかる、といった感じで、自然に口の端に上りました。 断片的に杉林のイメージが浮かび上がります。 街道の杉林にいるようです。 駕籠、エッサホイサと時代劇でやるあの駕籠が見えたような気がしました。 この前世では、私は雲水だったようです。 雲水とは、その昔、諸国を流浪した僧侶のことです。 ネットで調べたらどうやら現代にも存在するようで、禅宗の修行僧を言うようですね。 雲水だった前世が現れたことで、般若心経に接したときに感じた、自分はこれに親しんだことがある、という思いにも説明がつきます。 もう一つ、私は少林寺拳法をやっていたのですが、この少林寺拳法を統括する団体は、財団法人としての顔のほかに、宗教法人としての顔もあって、これは金剛禅総本山少林寺を称してます。 少林寺拳法はもともと、中国の僧侶の間に伝わっていた護身の拳法に源流を求めるものですが、ここでも前世が雲水だったことが投影されているように感じて、それゆえに、雲水の前世にリアリティを感じます。 この雲水ですが、高い力を持ちながら、故あって流浪しているように感じました。 なんの故かは窺い知ることはできませんでした。 何度かセラピストから質問がありましたが、この前世らしき情景からそれ以上、引き出せる情報はありませんでした。 そしてやり取りしているうちに場面が変わりました。 「どんなところに立っていますか。」 「地面です。」 土の地面に立っているようでした。 「何が見えますか。」 「男が二人、争っているように見えます。」 「何ででしょうか。」 「・・・わかりません。」 さらに場面が流れ、家の中にいる自分を発見しました。 囲炉裏のある板間に座り、お茶を飲んでいる姿です。 傍らにはその民家の主の女性がいるような。 現世での関係はわかりませんでした。 柵のついた窓から外を見ると、やはり外では争闘があるようです。 そのうちに男がなだれ込んできました。 セラピストが勢い込んで尋ねてきました。 「その男はどうしましたか。」 「・・・わかりません。」 どかどかと上がりこんできたようなイメージはあります。 家の奥に入っていったように思い、それをセラピストに伝えます。 「それでどうしました。」 「・・・わかりません。」 レイプ?強盗?数百年前の時代、男が家の中になだれ込んできたら、することの選択肢は少ないです。 だけど、何をしたかはわかりませんでした。 奥に入りこんで金品や食料でも漁っていたのでしょうか。 ネガティブなことなので、前世の意識もあまり答えたくなかったのでしょう。 プライドの高さは今生も前世も一緒ということか。(~_~;) また場面が変わります。 別の民家の前に立っている雲水の自分。 小さな子供の手を引いてます。 弟のような気がしましたが、確信が無かったので、セラピストには伝えませんでした。 その子供の来歴もはっきりしませんでした。 どっかで拾ったようにも感じるし、自分の子供だったような気もするし、そのときは拾い物として認識したように思います。 いささか不謹慎なように思うかもしれませんが、豊臣秀吉は自分の子に「お拾い」、「お捨て」と幼名をつけていたことからも窺い知ることができるように、子供を拾うとか、捨てるとかいうことがそんなにネガティブなイメージではなかったことを付言しておきます。 まあ、捨てるのはいかんですけど。 私が手を引いていた子供は、どうやらその民家の女性がもらってくれることになったようです。 家の奥にはその人より年配の男性。 酒を飲んでいるように感じました。 その夫婦には子供もいたけれど、もらってくれて、私は感謝しているようです。 恋愛感情のようなものがあったような気もしますが、よくわかりませんでした。 セラピストが、その女性との関係を問いました。 「よくわかりません。」と答える私。 「では、彼女の目を見てください。 深く入りこんでみてください。 その目に見覚えはありませんか。」 んー。 大学の時の同級生の女の子か。 部活で一緒だった子。 すがるような目の色が似てるような気がした。 (たぶん)お互いに惹かれあっていたけど、他のヤツが強引に付き合い出して、結局付き合うことはなかった子に。 それでも私の顔を見ると遠くからでも手を振りながら飛んで来たり、気がつくと後ろでツンツンしてくれたりと、まるで子犬がまとわりつくような感じで私に接してきてて、気がつくとよく話しこんだりしてた。 私が留年して性格が一変してもしばらくは付き合いは変わらなかったが、部を離れ、しばらくすると疎遠になっていった。 他の男と付き合ったその子に対する腹立ちもあって、よくいじめたりしたが、そのときに見せる目。 部活を離れてしばらくして、鉢合わせしたとき、無視して通りすぎようとした私の腕を掴んで見つめた目。 そのときの目に似てるような印象があった。 「・・・大学の時の同級生かな。」 「それでどのような気持ちになりましたか。」 「・・・わかりません。」 彼女のような気もするし、そうでないような気もするし。 はっきりしないことはいいたくなかったので、わかりませんと答えた。 ただ、もし、その前世で彼女と会っていて、恋愛感情を持っていたとしたならば、大学で出会ったとき、お互いに引き合っていると感じたことの説明はつくように思うし。 だとすれば、今生での縁の結び直しには失敗したということになり、また来世、ということになるのか。 「それでは、今生のめまいの原因となっていることが起こった場面へ行ってみましょう。」 と、セラピストが宣言した。 しばらく後に頭の中に浮かび上がったのは、縛られて転がされている場面。 集落の中の広場か、道端か、地べたに転がされているように感じた。 それを伝えると、 「なぜ、そのようなことになったのですか。」 「わかりません。」 本当にわからなかった。 相手は4人。 夜盗のような風体に見える。 みすぼらしい衣服を身にまとい、刀を手にしているようだった。 この夜盗達に訳もわからず縛られ、転がされ、暴行を受けているようだった。 そして、左側頭部に棒での打撃を受けたようだった。 さらに、刀を突き込まれ、最後には肥溜めに頭から落とされて殺されたようだった。 これらのことは場面では見えず、セラピストとのやりとりの中、何となく頭に浮かぶようにしてわかった。 潜在意識が酸鼻な場面を見せることを厭っていたのだろうか。 それとも潜在意識とのアクセスが十分でなかったか。 「では、その人生から学んだことはなんですか。 話しかけてみてください。 あなたには答えてくれます。」 そんなことができるんだ、と戸惑いながらも、セラピストの指示に従って語りかける。 返ってきたのは、 「信仰だけでは駄目なんだ。 力が必要だと・・・。 実生活を送ることが・・・。」 雲水として、あるいは僧侶として高いレベルにあっても、現実の暴力に対しては無力だったことの悔恨。 それが、今生での格闘技への傾倒に現れているように感じた。 それと、格闘技の修練の結果、かなりの実力をつけたにもかかわらず、実際に喧嘩をすることに対して深刻な恐怖感があったことの説明がつきそうだ。 格闘技の才能は、今生だけで身についたものではないと感じることがままあったので、別の人生でも格闘技に親しんでいたはず。 しかしながら、今生もまた格闘技に傾倒したのは、この前世で受けた心の傷の精算ができていなかったのだろうか。 それと、棒術に対しても私は関心があり、六尺棒を購入して我流で振っていた。 これも尺杖を武器として使えていれば、との思いから来ているのだろうか。 棒術についてはつい最近、拳法の技法をそのまま活かせる術理を得ることが出来、一気に伸びた。 と言ってもようやくまともに振れる程度だが。 それでも棒を武器として活かせるようになったことで、非業の死を迎えた雲水への回向にはなっただろうか。 実生活への渇仰は、いってみれば、家庭を持つこと、人としての生活、社会の一員としての責任を果たすことをせずに、信仰の世界へ逃避したように感じた。 その悔恨があるのだろうか。 私は高橋佳子さんの著書を始め、精神世界に関する著書を数多く読んだが、その世界を志向すればするほど、汚辱にまみれる実生活との乖離が生じ、ついにはその世界から離れていったという経験がある。 信仰と実生活を、どう折り合いをつけていくか、あるいはさらに高いレベルへと昇華していくか、これが今生に持ち越されたテーマなのだろうか。 女性に言い寄っちゃー振られ、言い寄っちゃー振られ、を繰り返し、一方ではどうしてもムリ、というのに付きまとわれる、そんな経験を繰り返した後、結婚はしたくない、女性と付き合いたくない、社会と関わりたくない、山奥で一人暮しができたらどんなにいいだろうか、と思う傾向があった。 家族と縁を切ってしまおうか、と真剣に考えていた時期もあった。 つい最近読んだ著書にヒントがあり、私もようやく世俗的な生活をしてもよいかと思うようになりつつあり、このカルマは今後、解けていくような気もするが、この前世では実際に世俗との縁を絶った生活を送っていて、それが悔恨になっているようだ。 そして、なぜかこのとき、八角堂らしき、お堂のイメージが頭に浮かんだ。 郷愁のあった場所だったのだろうか。 「では、その魂に対して、もう大丈夫だよ、と、語りかけてあげましょう。」 セラピストの声に従い、悲惨な死を迎えた雲水の魂に語りかける。 続いて、 「そして、彼の魂が光の中に向かっていくようにイメージしましょう。」 必死にイメージして、彼の魂を大いなる光の中へ送った。 しかし、まだ何か見える。 何か赤い玉が見える。 何かとそのイメージを探る。 火箸か、かんざしか。 鈍い鉄色の尖った物体の一方の先に赤い玉がついているようだ。 そのことをセラピストに伝える。 セラピストが勢い込むのがわかった。 「それは何ですか。」 「・・・火箸? かんざし?」 混乱する。 しかし、セラピストのやりとりから、そこから更なるイメージが湧き出てきた。 明り障子。 囲炉裏。 火にかかった鍋。 板の間。 薄暗い室内。 そして、私はこのとき、素裸で泣き叫ぶ赤ん坊だったようだ。 泣いている赤ん坊のイメージが見え、それが私だと思った。 そして母親らしき女性。 赤と黄色の柄が入った着物を着ているのがわかった。 そのことをセラピストに伝える。 セラピストは、 「それで、どうなりましたか。」 と聞いてきた。 この人は結論を誘導しない質問をしてくれている。 前世療法を行うセラピストにもピンキリがあるというのはネットでいろいろ調べて勉強した。 あまりよろしくないセラピストは、ハイ、こうなりましたがどうですか、といった感じで、結論ありきで被術者を誘導するのだそうだ。 対してこの方は重要な局面への誘導は行うが、結論の誘導はせず、何があったかを根気強く聞いてきてくれる。 私の見た場面はけっこう飛び飛びになったりしたのだが、それにもしっかり応対して、的確な質問から情報を引き出す努力をしてくれた。 イメージの想起が難しいときに、ではこうしましょう、という感じで情報を引き出してくれ、セッションの当初、なかなかうまくイメージできなかった私も、こうして最初の前世に続き、もう一つの傷を負った前世を引き出すことに成功していた。 付け加えると、意識の状態は全く普通と変わらない。 これが終わったら何を食べに行こうとか、せっかく大阪まで出てきたのだから、どこへ遊びに行こうかとか、不謹慎なことをいろいろと考えながら、一方では前世退行を行っていた。 イメージの集中力は普段に比べて格段に高いと感じていたが、思考の幅が制限されるということは全く無かったことを報告しておく。 イメージについては、このあたりになるとずいぶん見えるようになっていた。 だが、映画のような鮮明なものではなく、小説を読みながら想起するシーン、言ってみればこれぐらいの感覚であった。 ディテールはわからないけど概略はつかめるというぐらい、視覚よりも脳裏に響く感覚といってもいいかもしれない。 さて、この前世では、この局面で私は死を迎えたようだ。 イメージでなく、想念でいろいろと伝わってきた。 このときの母親が今の母親らしいことがわかった。 私はひどいやけどを負って、泣き叫んでいたようだ。 そして、母親に殺された。 うつ伏せにされ、左側頭部にかんざしを突き込まれて殺されたようだ。 なぜ殺されたかはわからなかった。 事故でやけどを負い、それを不憫がった母親に殺されたか、口減らしとして熱湯をかけられ、それでも死ななかったので、かんざしを突きこまれて死んだのか。 いずれにしても殺したくて殺したのではなかったということはわかった。 その辺の事情をかいつまんでセラピストに伝えた。 やけどについては、現世とのシンクロニシティがあった。 私が4歳のときに、アイロンを顔に押し当て、大やけどを負いそうになったことを母親から聞いた。 このとき母親は、私を抱えて病院に駈け込み、早く治療できたお陰で、ケロイドなどの後遺症がなくて済んだと聞いている。 そのエピソードがオーバーラップする。 もう一つ、私の出生前、母親が何回も流産し、私はなかなか生まれて来れなかったことも、何となく理由がわかるような気がした。 また殺されるのが怖かったのだろうか。 それとも、いい関係を構築できるかどうか自信がなかったのだろうか。 そして今、母親の世話になっている理由も何となくわかるような気がしてきた。 殺された分の罪滅ぼしをこうした形でさせているのだろうか。 まあ、前世でこのようなことがあったのだから、もう少し世話になっててもいいか、と思うと、親の世話になっているという精神的負担が楽になったような気がした。 セラピストの言葉に従い、赤ん坊のときに殺された、この魂にも慰謝を与え、そして、光の中へと旅立ってもらった。 二つの前世での左側頭部へのダメージ。 それではなかなかめまいも治らないはずではある。 殺された前世が二つも出てくるとは。 しかしながら、精神的なショックは無かった。 こんなことがあって、今のめまいにつながっているのか、という思いと、前世での願い、宿縁が今生に投影されていることの不思議さに感慨を深くしていた。 恐怖は無く、あ、こういうことがあったからこうなっているのか、という因縁とでも表現すべきものがわかったことの安堵があった。 こうして前世を見ることで、魂の永遠を実感していたからであろうか。 セラピストは次に、未来へと私を導いた。 お、未来世療法か、とゾクゾクする思いでセラピストに従う。 「未来のあなたは何をしていますか。」 「・・・事業。 事務・・・。 ・・・わからない。」 何か事業を起こしているのだろうか。 事務という言葉が出た意味がわからず、混乱する。 「それでは、あなたの1ヶ月後の未来を見てみましょう。 1ヶ月後のあなたは何をしていますか。」 「・・・パソコンと、・・・それとTVゲームをやっています。 今と変わらない生活ですね。」 恥ずかしながら、齢40にもなって、外にも出られず、働きも出来ずで有り余る時間を主にこの二つに費やしているが、1ヶ月後もまだおんなじことをやっているようだ。 さすがに恥ずかしくって、口に出すのはちょっと逡巡したが、それでは先に進まないと思い、思いきって話した。 「そうですか。 それでは、3ヶ月後に進んでみましょう。 3ヶ月後のあなたは、何をしていますか。」 「・・・同じですね。 パソコンとTVゲーム。 でも、このときは収入が発生している。」 ほー。 私は驚いた。 どうやらパソコンで何やら画策してお金を稼いでいるようだ。 どうやって、というのはわからなかった。 それは自分で探せということか。 潜在意識はズルを許さないようだ。 「それはよかったですね。 では、今度は1年後に飛んでみましょう。 1年後のあなたは何をしていますか。」 今度は、社長室、と感じられるような、渋い、重厚な色調の木の壁材が使われた、落ち着きのある部屋の光景。 渋いが豪奢な椅子や机などの調度品。 8畳くらいと感じられた狭い部屋だが、金がかかっていそうな部屋だった。 ダークスーツに身を固めた男の姿が見える。 この男が社長席のような、ひときわ大きな机に手をつき、口角泡を飛ばしてまくし立てている。 席に座った相手の男は見えなかった。 どちらが私かわからなかったが、たぶん立ってる方だと思い、セラピストにはそう伝えた。 「で、あなたは事業を起こしていますか。」 「・・・わからない。」 「では、事業を起こしていると思うことにしましょう。 そう思ってください。」 と、ここで初めて結論の誘導。 でも、これはよりよい未来を掴むための誘導だから大歓迎だ。 後になって、口角泡を飛ばしている男でなく、社長席に座っている男が私なのではないかと思うようになった。 だとすれば、事業を起こしている自分との整合性がつく。 口角泡を飛ばしているのは銀行屋か、私の部下か。 そういえば、飲食店のマネージャーをしているときもよく店長やスタッフらに詰め寄られたし。(~_~;) 未来を覗くことは一年後までで終わった。 うまく行ってそうな未来を見ることが出来て満足感のうちに終わった。 ちなみに、このときになると、体は重く感じられ、催眠にかかっていることを実感した。 ただし、自分で動こうと思ったら動けそうであるのは変わらない。 催眠が解けるのが怖くて、体を動かしたりはしなかったけど。 動けるけど、動かしたくないと感じるような状態であった。 首から下はぐっと重く、神経への意思の伝播が鈍いような感覚がある。 首から上はごくフツーで、首のもたせかけに失敗した私は、時たま首を動かして、不自然な姿勢を強いられた首の痛みをごまかしていた。(~_~;) それと、セラピストは私の状態をよく見てくれていて、小刻みに冷房温度を調節したりしてくれていた。 お陰で、心配した冷房冷えとは無縁で、何回も腹を切ったおかげで胃腸の弱い私でも、決して短くないセッションタイムを乗り切れた。 続いて、上方に光をイメージし、ぐんぐん上のほうへと上昇していくようにいわれ、(意識で)上のほうに駈け上がっていった。 光の中に入る。 達したその場には、予想外の光景が広がっていた。 「そこはどんなところですか。」 「・・・雲の上。」 「そこには、あなたを守護する存在がいます。 13人・・・・何人いますか。」 上方に達したその場は雲の上のような広場で、そこには、白雪姫に出てくる7人の小人のような格好をした、8人の小人が4人ずつ、両側に居流れて座っていた。 「・・・8人です。」 セラピストにはどうやら13人の守護者が見えたようだが、私には8人しか見えなかった。 13人といっておきながら、訂正して私に人数を聞きなおす、そのセラピストの質問ぶりがおかしくって、同時に、変に誘導しない姿勢に好感が持てた。 ちなみにセラピストは、アフターセッションでも13人という発言を繰り返す。 「それでは、彼らがあなたに贈り物をしてくれます。 何をもらいましたか。」 このとき、不思議なことに8人の小人が4人ずつ、列を作って座っていた、その中間のスペースに大きなテーブルが出現し、8人の小人はいつの間にかそのテーブルに着席していた。 「・・・ノートパソコン。」 「そうですか。それはよかったですね。 ・・・それでは、彼らから、あなたに、3つのギフトの入った箱を、もらいます。」 最初のノートパソコンは、どういう経緯でもらったか、正確には覚えていない。 たぶん、ギフトとしてもらったんじゃないかなーと思うんでそう書いたが、それだと後の3つのギフトとの整合性が取れないので、何か別の定義付けをしてもらったのかもしれない。 ま、いずれにしても、8人の守護者から私へのギフトとしてもらったよーな気がする。 3つのギフトについては、それぞれ装飾があった。 リボンがついたり、ハートがついたりしていたはずだが、中身のインパクトが強かったので、装飾がなんだったかというのは、すっかり忘れてしまった。 「それでは、まず、最初の箱をあけてみましょう。 箱には何が入っていますか。」 「・・・三毛猫。」 「その意味するものは何ですか。」 「・・・叡智。」 「叡智? それは知恵ですか。」 「・・・はい。」 一発目はなんと三毛猫だった。 しかも意味するものは叡智。 深いところから出ずる知恵だった。 三毛猫が叡智、とはなかなか諧謔(かいぎゃく、英語ではユーモアというけど)が効いているが(笑)、年経た猫には賢者の相がある、とは、何かで読んだのを覚えている。 「それでは、2番目の箱をあけてみましょう。 箱には何が入っていますか。」 「・・・凱旋門のような門。」 「その意味するものは何ですか。」 「・・・わからない。」 本当にわからなかった、そのときは。 その後ずっと考え続け、その凱旋門が、創造性、あるいは芸術性を象徴するものと気付いたのは翌日になってからだった。 「では、3番目の箱をあけて見ましょう。 箱には何が入っていますか。」 「・・・電波塔。 東京タワーのような。」 凱旋門からエッフェル塔を想起したが、実際に口をついて出たのは東京タワーだった。 私も日本人ということか。 「その意味するものは何ですか。」 「・・・通信?」 これも漠然としかわからなかった。 通信のほかに放送、そしてアナウンス(周知効果というか、そんなニュアンス)という意味合いもあると気付いたのは数日後だった。 「さあ、これで、3つのギフトを、8人の守護者からいただきました。 よかったですね。」 「・・・はい。」 「それでは、8人の守護者が、あなたの中に入ってきます。」 セラピストの言葉とともに、8人の小人が私に飛び込んできた。 かつての心霊体験のときのような、不快感は無かった。 8人の守護者を得て、よりパワーアップしたというか、本来のポテンシャルを解放できるような気がした。 これで前世退行(プラスアルファ)は終わった。 セラピストの声が響く。 「では、これから、催眠から覚めます。 五つ数えると、自分の体に、戻ってきます。 5,4,3,2,1」 ○アフターセッションとその後 実のところ、カウントダウンをしなくても一瞬で現世に戻りそうではあったが、カウントダウンが終わるまでおとなしくしていた。 カウントダウン終了とともに、はじかれたバネのように体を動かす。 頭がめちゃくちゃ軽いのに気付いた。 重さなど無いかのように、軽々と動く。 フラフラ病発症以来、ずっとあった左側頭部のなんともいえない圧迫感も綺麗に消えていた。 めちゃくちゃハッピーな気分! 「頭が全然軽いです!」 躍り上がらんばかりに勢い込んで話す私。 セラピストは、それはよかったです、と、ごく自然な返事。 前世退行をやると、これぐらいの変化はごくフツーなのかもしれない。 セッションの総括をセラピストが行った。 「あなたに行った今回の前世退行では、現在感じていらっしゃるめまいの原因となる、二つの前世を見ることが出来ました。 また、通常、数人しかいない守護者が、あなたの場合は、13、いや8人いらっしゃいました。 そして、彼らからギフトを受け取ることも出来ました。」 他にもいろいろとコメントがあったような気がするが、こんな感じで総括をしてもらった。 興味深かったのは私の守護者。 守護者が8人と多かったこと、それと、セラピストはセッション中、アフターセッションと、2回も、私には8人しか見えなかった守護者を13人といったこと。 特にセッション中のコメントは無意識に出てしまったように感じた。 残りの5人はどこに行ったんだろうね。(^。^) 私の霊的レベルが上がったら見えてくる存在なのだろうか。 セラピストはさらに続ける。 私のまとうオーラの色、青は、芸術性、創造性を表すオーラだそうだ。 しかし、私にはもっとも縁遠いのが、その芸術性や創造性だと感じてきたのに。 ちょっと、この時はオーラの意味するものと、自分の才能とのあまりの差異にいささか納得しがたく感じた。 さらに、家にいる霊についても教えてもらった。 「あなたの家にいる地縛霊ですが、私のビジョンをお伝えします。 そこにいる霊は水をほしがっているようです。 それと、敷地内に花を植えてあげるといいと思います。 家や家の周りは掃除したほうがいいですね。」 と、こんな内容のことを言われた。 やはり、かなりのレベルの霊能力がある方のようだ。 どのように?と聞くと、私の心のままに、という答え。 それは、私の潜在意識がよく知っているというニュアンスに受け止めた。 掃除には、その場を良くする効果があるという。 私の一番の苦手種目だが、頑張ろうと思った。 花を植えると良い、ということについて、母が花が好きで、プランターなどに沢山栽培しているが、と聞くと、敷地に直接植えないと、つまり、大地に根を生やさないと土地の浄化にならないという答え。 質問は無いかと聞かれ、上に書いた、家のケアについて聞いた後、実はもう一つ、知りたかった、緑色の光について簡単に説明し、意見を聞いてみたが、そのようなこともあるのでしょうね、といったニュアンスの答えが返ってきただけだった。 しかしながら、退行催眠ではそれを探れそうに感じ、お陰で次回のセッションテーマが出来た。 帰り際、今度は緑色の光を追及しにセッションを受けにきます、というと、 「セッションは良かったですか。」 と聞かれ、躊躇せず、 「ハイッ!」 と答えた。 そして、霊的なことも教えてもらえて助かりました、とお礼をいうと、私はこの世界の住人のようなものですから、笑って言われた。 でも、私が知らなかった、聞こうにも教えてくれる人がいない、霊的なことを、いろいろと教えてもらえてすごく助かった。 ドアのところで別れたが、すごく丁寧にお辞儀をしてもらって、逆にこちらが申し訳なく感じたぐらいだった。 ○セッション後 セッションルームを出て、駅に向かう帰り道。 ちょっとした変化があった。 すれ違う人に対して、私はこれまで、ある程度構えるところがあったが、全くそれが無くなっていることを感じた。 ONE WORLD,ONE EARTHという言葉を、心から実感した至福の瞬間だった。 自分の意識が拡大したような感覚。 すれ違う人に対して親近感が芽生え、笑みかけてしまうような気分だった。 もう一つは、私の脳裏にあの雲水がいるような感覚があったこと。 頭上にどーんと鎮座ましましているように感じていた。 たぶん、オカルトハウスに帰る私に霊力を貸してくれようというのだと、ポジティブに考えるようにした。 彼の前世のときに獲得した力が使えるようになるような気もした。 前世退行を通じて、霊的な通路が出来たのかもしれない。 平井和正の小説で、そんなくだりを読んだような気がする。 霊覚者にしか出来ない、そんなことが出来たとしたら、なんと素晴らしいことか。 そのまま帰る、という選択肢もあったが、母に殺された前世も出てきた、と聞いたときの母の精神的なショックを考えると、一拍おいたほうがいいようにも感じた。 それに遊びたいし。 ということで、母に電話を入れて、セッションの結果報告を簡単にすると、早く帰れとうるさい母親の声を振り切って夜の街に出かけた。 何回か通ったバー。 イベントをやっていたので、私の誕生日もついでに祝ってもらおうと押しかけた。 そこの女の子に前世療法を受けたことを話す。 すると、驚愕の事態が。 なんと、その女の子と誕生日が同じで、彼女も3〜4年ほど、めまいに苦しんでいたというのだ。 何たるシンクロニシティ。 彼女も医者に通っても原因がつかめず、相当につらい思いをし、働けない時期もあったという。 私と一緒だ。 彼女は、多くの神社や仏閣に参拝し、そうしてるうちに治ったという。 私もあちこちの神社に参拝したんだが・・・。 不信心者と信心者との違いだろうか・・・。 閉店近くに入ってきたマッサージ師。 どんな糸口からだったか、ママが私のことを、めまいに苦しんできたこと、前世療法を受けてきたことなどを含めて紹介してくれた。 マッサージ師がいうには、めまいなどで、原因不明のものはメンタル面に原因のあることが大半であるという。 今日のセッションで聞いたことと同じだったが、分野の異なる二人から、同じ指摘を受けたということに私は痺れた。 もう、素直に頷かざるを得ない状況になった。 そうでなくてもちゃんと理解はしてたけど、このマッサージ師からの一言がダメ押しになった。 もう一つ、彼は50半ばまでサラリーマンだったという。 それが、奥さんの病気が契機となって、マッサージ師に転身したという。 将来の道の定まらない私には、彼の人生を聞くことは、この上ないレッスンになった。 翌朝、家へと帰る列車やバスの中で、必死に考えていた。 凱旋門の意味、ノートパソコンの意味するもの。 凱旋門の意味は程なくわかった。 芸術性・創造性を象徴するものだということに気付いた。 そして同時に、私の芸術性の発揮を阻害したかもしれない、あるエピソードを思い出した。 小学校一年生のころ、私は友達よりもロボット漫画のキャラクターの絵を書くのがうまく、友達から自分にも書いてくれとの頼みがひっきりなしにあったほどだった。 空間把握力に優れていたためだと思う。 あるとき、急性腎炎で長期入院していた子が復学してきた。 その子は私に輪をかけて絵を書くのがうまく、私が出来なかった、動きのあるキャラクターを描くすべに長けていた。 当然、人気はその子に移行し、私は、これまで絵を書いてあげていた子から、私の絵など全然うまくない、と嫌らしく言われたことを思い出した。 ひょっとしてこれがトラウマになって、芸術性の発揮をしなかっただけなのか? でも、そう考えると、青いオーラをまとっていることとの整合性はとれるような気がした。 いずれにせよ、芸術性や創造性を意味するギフトをもらった私が、今後、どのようにそれらの才能を発揮できるか楽しみではある。 もう一つ考えていたのは、私の今後進むべき道である。 最初のギフトである、ノートパソコンがキーになるはずである。 それと三毛猫の叡智、凱旋門の創造性、東京タワーの通信・放送。 これらを組み合わせてどう解くか、移動の間、ずっと考え続けた。 コンサルティングという言葉に、自分の秘めたる願いである、飲食店のコンサルティングを組み合わせ、WEB上でのコンサルティングを志向しようと考え付いたのは、高速バスが淡路島を通過しようという頃であった。 目の前が開けたように感じた。 しばらくは、このプランの実現に邁進しようと考え、それによって前途が開けたように感じた。 そして家に帰り着くまで、展開のアウトラインをまとめ、どういうコンテンツを入れるかということをずっと思案していた。 母には帰り着いた日の夕食時、セッションの内容をかいつまんで説明した。 前世で母親に殺された話をしてもあまりインパクトは無かったようだ。 ビジョンを見たわけではない故、現実感に欠けたのだろうか。 しかし、家の片付けをして土地の浄化するというのには賛成してもらえ、翌日から早速片付けを始めた。 裏庭の気になる部分を、母と二人、あーだこーだと言い合いながらあっちを直し、こっちを直し、していった 水は、ここぞと思うところに、自分たちが飲む水と同じものを注いで差し上げた そして今は、できる限り朝な夕なに般若心経を詠み、その前に、先祖霊や地縛霊が早く成仏できるように、霊界の仕組みについて自分の思うところを語りかけていった。 ホームページについては、コンテンツを分離したり、この文章を書いたり(随分忘れてしまってることが多くて、かなりの苦行だったけど)、アフィリエイトを契約したりと、忙しくしているが、なかなか楽しい作業ではある。 フラフラ病だが、数日すると徐々に戻ってはきた。 むっちゃ頭が軽くなって、良くなったと思ったのは、オーラの調整と癒しの光によるものだったようだ。 しかし、私はこの病気についてはもはや心配していない。 前世への原因追求と癒しの旅を終えたのだから。 (18.08.29) (最終更新 20.01.07) back to前世療法@セッションを受けるまで
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